[*]Refrigerator

Date: Sun, 20 Jun 1999

部屋探しをしていた時、不動産屋さんに見せてもらった見取り図の中にあった『四角に「冷」』の記号は、どうやら、冷蔵庫を置くスペースであったらしい。今の所、なにやらダンボール箱が積まれている。ちなみに、『四角に「洗」』のスペースには、防水用のトレイのようなものが置いてあって、洗濯機を置くスペースらしいとすぐに分かったので、洗濯機を置いてある。

夏になって暑い日も増えてきたし、梅雨空な日もぼちぼち出てきたようなので、高温多湿環境が整いつつある(整ってるというのか?)。幸い、今住んでいる部屋は、前にいた寮よりは湿度が低い。湿気取りの容器にもなかなか水が溜まらない。

かれこれ、冷蔵庫レス生活は4年目に突入している。はじめ3年は寮だったから、共同の冷蔵庫があったのだけど、ほとんど使っていなかった。寮の中に飲み物の自動販売機があったし、歩いてすぐのところにコンビニがあったから、特に不便はなかったのである。

今の下宿には飲み物の自動販売機はないし、最寄りのコンビニまでも片道3分くらいはありそうだから、ウルトラマンなら怪獣をやっつけてしまわなければならないし、ボクシングならラウンドガ−ルがボード持って回らなくてはならなくなる。カップラーメンだって出来上がってしまう。ひょっとすると、3分っていうのは我慢するための最小単位なのかもしれない。

最近の私は、お湯を入れて1分のインスタント食品をよく食するが、お湯が沸くまでに何分か待つ。我ながら我慢強いなぁと思う。

それにしても、24時間営業の自動販売機やコンビニが消費するエネルギーはかなりのものだと思われる。巨大な冷蔵庫を家の外で動かしているようなもんだ。だからといって、個人持ちの冷蔵庫を持たない私は環境にやさしい、などとアピールするつもりがあるわけではない。

暑くなってくると、部屋に放置した食品は傷む。冷蔵庫が発明される前の人々はどうやって、食品を保存していたのだろうかと想像してみる。想像してみても実践するわけじゃないから、やはり傷む。

「もう、食べるのは危険だよなぁ」と捨てる。「諸行無常」とか、「行く川の流れは絶えずして」とか、うろ覚えの古典を独り言ちてみる。36度くらいの体温でも、平気で維持されている自分の身体が不思議で仕方がなくなる。たぶん、傷んではとっとと取り替えてるんだろなと思う。

温度を下げると、傷みの進行が遅くなる。機械の寿命や耐久性の試験で温度を高くすると、時間を加速して試験することになる。でも、体温の高い人の方が寿命が短いというようなデータは聞いたことはない。不治の病にかかって、超低温で身体を保存してもらって、医学が進歩した未来に、解凍してもらって治療しようなんて人もいるらしい。思うに、「人である」というのがもっとも重大な不治の病である。

光速で移動する物体の中では時間が進まないと聞く。光速で移動する物体の中では食べ物は傷まないのだろうか?それとも、内部は内部で別の時間で進行するから、傷むのだろうか。

1万光年先の星の光は、1万年前にそこを出た光なんだそうだ。今はそこにないのかもしれない。光の速度は秒速30万kmと聞く。ということは、3m先で話している人の姿は、1億分の1秒前の姿なんだろうか。ああ、同じ時間を生きられないのだな、と思う。どのみち、ぼくの見る世界には、ぼくという他人はいない。

ぼくは、秒速1.5mくらいで進む。宇宙の果ては知らないが、ぼくの世間の果ては400mくらい先のコンビニである。

ぼくの部屋には冷蔵庫がない。

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当時の本 『地下鉄の友』泉麻人(講談社文庫, 524円)夕刊フジで連載 されたコラム集。毎日これだけのネタを書くのは大変だろうなぁと思う。自分は週1でも大変なので。
当時の世 今年の梅雨はちゃんと明けるのだろうか。
当時の私 汗が吹き出る。高温多湿のせいにするが、アル中の症状かもしれない。

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