仕事をしていると、M嬢が、額に縦線を入れて、困った時のまる子みたいな顔をして言う。「親不知は抜くものなんですか?」
「あなた、その質問は、「盲腸は切るものなんですか?」みたいなものですよ」
私の頭の中では「よっけっいっなぁ〜もっのぉ〜など、な〜いよねぇ〜ぇ〜」とチャゲアスの"SAY
YES"のリフレインが始まりかかっていた。私は骨相学の権威でも、歯科や整形外科の先生でもないが、彼女の小作りな顎にあとから歯が増えるのは大変かもしれんなぁ。と思う。
で、「親不知はどうして親不知?」 親不知の語源を俺知らず。
親の心、子知らず・・・
子を思う親の心を子は察しないで勝手な振る舞いをする。
それを言うなら、「子の心、親知らず」も成立するはずで、というか、そもそも親といっても本人ではないのだから、心がわかると思ってるのは増長であろう。
明確な反抗期のなかった(と本人は思っている)私は、ゆるやかな反抗をずるずると続けてるのではないかという気がする。普通は死なない程度に激しく反抗したあと、仲直りするらしい。と言っても、別に今、家族とケンカしてるわけではない。ただ、帰省して実家にいると、なんとなくかすかな苛立ちが、低音で響いている。
近頃は、「死なない程度」でなくて、殺してしまう人もいるようだ。幸い、私は金属バットは小学生の時に手放した。プロ野球の選手になる夢は早々にあきらめたのである。
「口がへらない奴だなぁ」と言われて、「口はひとつじゃ」と言い返すのは、立派なへらず口である。一般に、そういう人を「へそ曲がり」とか「天邪鬼」と言う。
部屋に帰って、おへそを確認したら、ねじれている。へそ曲がりだ。
「あぁ、ぼくは、へそ曲がりなんだ。うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
(ぐおんぐおんと視界の中の風景が回る。やはり地球は回っている)
暗転(照明OFF)
いや、一般に、臍の緒はよじれて胎盤に接続していたものだから、大概の人のヘソはよじれているはずである。あらかじめ、よじれていないと、いざ、よじれた時に、そのひずみで血管が通じなくなってしまうので、それに備えた自然の摂理だと聞く。
受話器のコードみたいなもんだ。でも、話中にずっとコードをいじる癖のある人だと、さらに変によじれてしまう。
などと、薀蓄をかたむけたりするのは、かなり重症なへそ曲がりだ。
山田詠美さんの短編に、へらず口君と、ふえず口君の往復書簡だったかがある。たしか「快楽の動詞」という本に収められている。読み返そうかと思ったら、その本が、私の部屋のどこに収められているか、わからなかった。
それにしても長い前振りである。
おや・しらず【親不知】 ・・・
本当の親を知らないこと。また、その子。
私は、自分が生まれた時の記憶がないので、本当の親か自信がないが、たぶん、容姿や芸風が似てるから、うちの親は本当の親だと思う。はて、「本当の」っていうのはなんだろう。「遺伝子上の」ってことなのか?「記憶上の」ということなら、よほどの刷りこみが行われたのでなければ、私は、私の親と過ごした記憶がいくらかある。でも、昔、「この人たちは、よくできたロボットなのではないか」という疑いを持っていたのも事実である。しかし、現代科学はそれほど精巧なロボットは作れないらしいと、あとで学んだ。
街を行く人がみんな同じような顔に見えてしまうことがある。だからといって、それを「人類みな兄弟」とスローガンを掲げる気にはならない。どっちかいうと、気味が悪い。
おや・しらず【親不知】・・・
新潟県南西端、西頸城(にしくびき)郡 青海(おうみ)町 市振(いちぶり)と外波(となみ)との間の海岸。古来、北陸道の最難所であった。街道が波打ち際にあり、波間を走り抜けねばならず、親は子を、子は親を顧みる、いとまがなかったことからこの名がついたという。親不知子不知とも呼ぶ。
そんな難所を、一緒に突っ切ろうとするのが親心かどうか、子は知らず。実際に渡り切って、ふと我に帰ると、どっちかが波にさらわれてしまって生き別れなんてこともあったのだろうか。
ああ、海のもくず。海のもずくは、飲み屋の突き出し(お通し)である。
さて、なかなか本題が出てこないのは、親不知に同じである。
おや・しらず【親不知】・・・
親不知歯の略。
やっと出たかと思うと、こんな解説で、むずがゆい。生え方によっては、痛い場合もある。
おやしらず・ば【親不知歯】・・・
第三大臼歯すなわち知歯(あるいは智歯(チシ))の俗称。人間の32枚の歯のうち、最もおそく生える上下左右4枚の奥歯。ちえば。
生まれてから、まず生え揃うのは「乳歯」である。でも乳歯が生え揃った頃には、乳児でなくて幼児なのではないかという気もする。かつて私もそうだったはずだが、いまいち記憶が鮮明ではない。乳歯は20本らしい。しっかり生えても乳飲児だと、おかあさんはおっぱいを噛まれてしかたがなかろう。
生え変わって、永久歯となっても、永久どころか、虫歯になったり抜けてしまったりして、人生よりも短命だったりする。どこが永久なんだか。
いわゆる奥歯、大臼歯はあらかじめ永久歯だそうだから、それより手前は都合、上下8枚。顎が大きくなった分、生え変わって増えていることになる。で、あらかじめあった奥歯よりも奥に出てくるのが親不知。
私が、「もともと、乳歯が生えてなかったとこに、ニョキニョキ生えてくるから、元がないから「親不知」」なんだ」と思ってたのは、これは俗説どころか、私説である感がある。
20歳前後以降に生えてくるので、いつ生えたか親も知らないからという説もあるが、20歳にもなって、「あ〜んして、あ〜ん」と口の中で歯が生えた生えないと親が一喜一憂していては、子離れがなってないという奴である。
昔、歯が生え変わりかけの頃、「抜けたのが下の歯なら屋根に投げて、上の歯なら縁の下に投げると丈夫な大人の歯が生える」と聞かされたのだが、あいにく私の家には縁の下のようなものはなかった。
知歯、智歯、あるいは、ちえば、というのは、智恵がついてから、つまり、大人になってから生えるから。という意味かと思われる。
昔は寿命が短かったので、親不知が生えてくる頃には、親が亡くなっていて、親を知らずに生えるから。という説が一番有力そうだ。
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当時の本 『異見あり 脳から見た世紀末』養老孟司(文藝春秋,1429円+税)帯に曰く「私は自分の意見がごく当たり前だと思っている」
私もそう思う。しかし、しばしば、いわゆる常識とは違っていることがある。
当時の世 関東地方雷雨が多い。
当時の私 ちょっと妖精さんの数が多い。
まる子さんは、さくらももこさんの「ちびまる子ちゃん」の主人公で、モデルはさくらさん本人の少女時代らしい。
単語の意味は、広辞苑と、ハイブリッド新辞林を参考にしました。
さて、英語で親不知はというと、
wisdom tooth・・・
One of four rearmost molars on each side of the upper and lower jaw in human beings. Wisdom teeth are the last teeth to erupt, typically in early adulthood.(dictionary.comによる)
とあるので、「ちえば」ってのは、これの訳語なのかもしれませんね。
そしてへそ曲がりの私は、その報いを受け後に親不知に泣かされたのであった。2003/10/25に左下の奥で生え損なっていた親不知を抜きました。