(む}Taste of iron

Date: Mon, 18 Dec 2000

風邪を引いたせいかと思っていた。でも、もう風邪は治ったつもりなのに、あいかわらず唇が乾く。今時は、男でもリップスティックを使うのは、目薬を差すのと、同じくらいに普及している気もするけれど、舌でなめてごまかしてみる。

「女の人が使う口紅ってのは、あれ、保湿の役割もあるのだろうか。」などとぼんやり考えていると、つい、手が、かさぶたを剥ぐような気分で、唇の皮を剥ごうとする。わかっちゃいるのに、剥いでしまうと血が出る。口紅を使っているわけでもないのに、唇が紅くなる。鉄の味がする。

いや、私の食卓に鉄が並ぶことはない。ご飯に砂鉄のふりかけをかけて食べる習慣があるわけでもない。母は貧血であるが、血の気は多い。鉄分強化の乳製品を飲んでも鉄の味はしない。学校の授業で血液の中のヘモグロビンだかなんだか酸素を取り込む仕組みの所で鉄が係わっているらしいというのは習った気がする。その思い込みで鉄の味と言っているのだろうか。

板チョコを食べる時に、不慮の事故で口に入ってしまった銀紙(アルミ箔?)の味も近い気がする。これは実際に、食べてしまったことがある。でも、鉄の味とは違う気もする。パラソル型やタバコ型のチョコも食べたことはあるが、あいにく、ぼくは、傘の味も煙草の味も知らない。でも、雨の匂いや、紫煙の匂いは知っている。

鉄の味、アルミの味というのは、電気の味なのかもしれない。あの四角い006P型電池の寿命が尽きかけた頃に、+と−の端子を両方、舌に付けるとピリピリする。約9Vの味。普通の人は6Pチーズの味しか知らない。科学少年は006P電池の味を知っている。

身体の6,7割は水分だと聞く。これも授業で聞きかじりな知識であって自分としては実感がない。熱心にダイエットして減らそうとしている脂肪は体の何割なのか。体脂肪計さんが言うには2割だ。だから運動とかして、汗や呼吸で水分を失って体重が減っても、脂肪は減っていない。水で6割、脂肪で2割、残り2割は骨と肉?

水と油は混じらない。ビンに水と油を入れて、混ぜて少し置いておくと、分離する。これも理科の知識である。そこに洗剤を入れると、混ざってしまう。なるほどだから油汚れが落ちるのね。と言っても、風呂で、石鹸をガシガシ使っても、脂肪が落ちるわけではない。皮脂が落ちて、かえってカサカサお肌になってしまったりする。

おなかの中で、水がチャポンチャポンと言っているのに、肌はカサついて、くちびるはひび割れる。でも目は潤む。なんだか最近、涙腺が弱くなってる気がする。いや、別に悲しいとか感動したとかじゃなくて、あくびしたり、笑ったりしただけで涙が出そうになる。涙を流して笑うほどおもしろいわけでもないのに。

自分の中で思考がグルグルして感極まって泣いてしまったことはあった気がするが、悲しくて泣いたことってないんじゃないか。って気がする。子供の時、テレビのドラマの、たぶん悲しいシーンなんだと思うけど、それを泣きながら見てる母を見て、「自分はどうして泣けないんだろう。」と思っていた。

共感するって能力が故障してるんだろうな。と思う。自分のことしか考えてないんだ。たぶん。「たぶん」って自分のことなのに、自信がないのか、他人事なのか。

涙は人肌に燗した海の味がする。海水を温めて飲んだことはないけれど。

---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS------------------------------------
当時の本 『純愛時代』大平健(岩波新書、660円+税)純粋な結晶は心に毒であったりして、妄想や抑鬱をもたらしたりする。心の病の症例。
当時の世 「365日のバースデーテディ」とかいう、ちっちゃいテディベアがおまけのお菓子が流行ってるらしい。チョコエッグはもう廃れたのか?
当時の私 本棚増設。でも、やっぱり、床に平積みしてしまうんだよな。

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