1998/12/14
今回の品物は、「シックプロテクター3D」です。安全剃刀です。これの前のバージョンが「プロテクター」で、マイクロセイフティワイヤで皮膚を守って、誤って剃刀を滑らせてしまったときに皮を切ってしまうのを防止するようになったのでした。そこから、首振りの自由度を増して、複雑な3次元曲面で構成される顔面への追従性を高めたものらしいです。
高野文子のマンガ作品に『絶対安全剃刀』というのがありますが、まったく関係ないでしょう。
私はあんまり髭の毛穴が多くないらしく、多少伸ばしても、まさに不精髭って感じになってしまいます。一時、髭面が流行ってるようなことが雑誌などで書かれていましたが、こういう人は、眉毛みたくトリミングやカットなんかして、ナチュラルメイクの不精髭風を演出していたのかもしれません。なんだか盆栽趣味を自分の顔面でやってるみたいです。
髭がしっかり生えないと、将来、子供をもったりしたら(余所の子でもいいが)「頬ずりしてジョリジョリ」「痛い。痛い。ウキャウキャ」というお約束スキンシップができません。由々しきことです。いや、そんな大問題ではありません。
以前、テレビで年齢当てコンテストなんかがあって、解答者が「髭を毎日剃るようになったのは、何年前くらいからですか」という質問をしていたのを聞いて、「じゃぁ、毎日は剃らないおいらは、お子様なのだろうか」と思いました。
まだ、髪を短く刈って、スーツもちゃんと着て通勤していた頃には、ちゃんと髭も剃って、「う〜む、マンダム」な感じで鏡の前であごに手をやったりして、駅前で、もしも「おはようございます。ブラウンです」と声をかけられて、「じゃ、ちょっと見てましょう。」と見ても、絶対「今朝剃って来たんだけどなぁ」なんてことにならないように、念入りにチェックしたりしてみましたが、そんな事態にはなりませんでした。
別に、それがスーツも着ずに、不精髭で通勤するようになった理由ではありません。
髭を剃る行為のことを「髭をあたる」と言うことがありますが、どうしてあたるのですかね?剃刀を頬や顎に当てるからかなぁ。
さて、このプロテクター3D、首振りヘッドの自由度が1次元増えて、あとヘッドの中で刃が奥行き方向に動くので3次元の動きをするわけです。
あらためて、髭を剃るまでの身体の稼動部分の自由度を考えてみると、手・手首・肘・肩・首・あご。かなりの自由度です。細かいことを言えば、手は指の骨複数の複合だし、首だって頸椎がいくつか繋がってる構造です。自分の身体の操作がうまくいくのなら、なにも剃刀のヘッドに自由度をもたせる必要はないのです。中には男は肥後守(小刀。昔の少年はみんな持ってたらしい。現代でいうとバタフライナイフか?)でも髭を剃れなくてはいけない。という人もいます。
つまり、これもいわゆるハイテク過保護装置な訳です。現代まで登場しなかったのは昔に作ってみたら、ヘッドの自由度が逆効果で、単にいうことを聞かないだけになってしまったのではなかろうか。と思われます。
でも、この絶対過保護安全剃刀を使っても、やはり、私のあごやら、エラやら、耳たぶからの出血は起こるのでした。先日なんかは風呂場でうっかり剃刀を手から落としてしまって、あわや宦官になるかとひやひやしました。単に私が不器用なだけかもしれません。
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当時の本 『ぼくのマンガ人生』手塚治虫(岩波新書,
660円+税)講演を集めた自伝的な本。『ゴッドファーザーの息子』収録。生誕70周年トリビュートアルバム『ATOM
KIDS』(ワーナー, 3059円)を聞きながら。
当時の世 20日までに部屋を掃除しないといけない。2月までに部屋を探さないといけない。
当時の私 タンスの中身を整理していたら13万円も入った封筒が出てきた。何のためにとっておいたお金だろう。なんだかへそくりみたいだ。得した気がした。でも、何かの支払いを忘れてるのかもしれない。
〔身代(しんだい)を「する(擦る)」に通じるのをきらって〕「(墨を)磨(す)る」や「(ひげを)剃(そ)る(江戸・東京語では「する」という)」の忌み詞。
三省堂 『ハイブリッド新辞林』