Date: Fri, 8 Jan 1999
Mon, 08 Feb 1999 記
「決めた」と返事しただけで、なんだかクタクタだったはずの私は元気を取り戻して、運転席の担当さん相手にネタをやりながら店に戻るのであった。
店に戻って、席につく。なにやら賃貸契約申込書というのを書くらしい。契約ではなく、契約の申込みだとは、世の中には段取りというものがあるのだな。と改めて思う。
担当さん曰く「契約金として、敷金・礼金、あと別途仲介手数料をいただきます。」
私としては、「敷金ってなんですか?礼金と仲介手数料っておんなじじゃないんですか?」と質問したくもあったが、「はい、わかりました」と知ったかぶりをするのであった。
担当「そうですねぇ。今日、お申込みいただいて、契約日が15日前後になると、それ以降、一月後半分のお家賃が日割りで発生します。よろしいですか?。」
私は、「ふ〜ん、世間はそういうもんなんだ。」と勝手な理解をし、とりあえず、面倒を済ましたい一心で、「ま、良きにはからえ」モードであった。
申込書に現住所を書こうとしたら、郵便番号が分からない。担当が「あ、私が調べますから結構ですよ」と言う。かろうじて、自分の部屋の電話番号は書けたが、本籍地の番地が分からない。うちの親は「自分で家買うてから本籍は移す」と言いつつ、今でも借家住まいなので、親の田舎の住所である。免許証を持ってたら分かりそうなもんだが、ペラペラなペーパードライバーな上に、持ち歩く習慣がないので分からない。担当が「分からない所は、早いうちに調べて、電話ででもお報せ下さい。」と言う。
勤務先を書く。ファックスの頼信紙でさんざん見ているので、刷り込まれても良さそうであるが、またしても、郵便番号が分からなくて、調べてもらう。さらに、資本金とか設立とか、年商とか従業員数とか書く欄がある。知るわけがない。そういや、クレジットカードってのは、私個人に信用があるのでなしに、私のバックグラウンドである会社とかの信用なんであるな。と思う。
そばの机では、また別のお客さんの応対がされている。電話で問い合わせをしている担当さんが「女性で単身の方なんですけど、よろしいでしょうか?」と言っている。「身元のしっかりした方」とか「堅いお勤めの方」とか、この手の商売に出てくる言い回しって、なんだかなぁ。と思う。
目を用紙に戻す。年収を書く欄がある。経済的感覚に乏しい私は、私が年間いくらの給料をもらってるか良くわかっていない。担当が言う「手取りで月どれくらいですか」「ボーナスは何ヵ月分です?」電卓をあざやかに打った担当が数字を見せてくれる。「おお、おいらは、そんなにもらってるのか」と自分でおどろく。おそらく、一般的にはそんなに多いわけではないのだろうが、今でも1万円札を財布に入れてると、なかなか使うのに抵抗がある私なので、桁違いの数字なのである。
その下は連帯保証人の欄である。とりあえず、親父の名前を書いて、ふと、「はて、お父さんの誕生日っていつだっけ?」と思い出せない。またしても、郵便番号はわからない。電話は最近、市内番号の頭に6がついた06地域である。ん?勤務先?「あの、自営なんすけど」「じゃ、屋号とかあったら書いといてください。資本金は・・・ないですよね。上場もしてないだろし」「設立は、たしかぼくの生まれる2年前だけど、月まではわかんないっすよ。消費税申告せんならんって言ってたから、たぶん、年商はそれなりにはあるんだろけど。」「その辺りは、お父様にご確認の上でご連絡ください。」「はあ」
「今日はハンコお持ちですか?」さすがに世間知らずの私も、(たぶん、ハンコがいるに違いない)と思って持ってきていたのだった。でも、(さんざん、俺本人が、直筆で申込み書いてるのにハンコがいるのか?変なの)と思っている。しかしまぁ、私は「私が私であること」を宣言することができるが、「私が村上健であること」は自分で保証しえないのであるとも言える。
「連帯保証人」という単語を見て、「やっぱ、他人の保証人ってのになれるのが大人ってやつなんじゃないか?」と思ったりする。「保証人の方の印鑑証明も必要になります」と言われて、なんとなく「印鑑証明があるのが大人だ」とも思ってみたりする。(吹き出しに「む」の毎度のマークでも印鑑登録できるのだろうか)とつまらないことを考える私であった。
部屋に帰って実家に電話する。
「なんか、うちの店の規模を申込みに書かんならんみたいなんやけど、設立とか年商とか年収とかどないなん」
「ちょっと待て、調べてから電話するから」
その晩、実家からかかってきた電話を受けて、書類上、父の年収が、私の年収よりも少ない額であるのを知る。
「ん?本人よりも収入すくなくても保証人はオッケーなのか?」と思った。
父曰く、「まぁ、自営業にはボーナスないしな」
私は、「もう、商売人め、なんやかんやと経費で落としてやがんな。こちとら月に一回もらう明細にはなんだか実感のわかない額面とか控除とかで数字のマジックにかけられているサラリーマンだぜい」と思ったが、ほんとにその額面に実感がないのでいかんともしがたかった。
「うむ、寮を出たら、まじめに家計とか考えないといかんかな」と少し思った。
申込みだけで、けっこうな量になってしまったので、契約編はまだつづく
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当時の本 『リリパット・アーミー しこみ編/ばらし編』中島らも・わかぎえふ(角川文庫,
533/600円税別)名誉座長と座長の語る劇団のお話戯曲も収録。ツボにヒットするとつい笑ってしまったりする。この手のは電車の中で読むのは危険だ。
当時の世 春は近い。
当時の私 住む町が変わった。