[*]The sandman is coming

Date: Mon, 29 Jun 1998

「眠りに落ちる」という表現がある。ということは、眠っている状態は起きている状態よりも、なんらかの尺度で高さが低いということだ。ぼくは今、寮の3階に住んでいる。時折、足場がフッと消える夢を見たりするが、一瞬、その3階建ての高さを想定してしまう。

平均的に人が高さを意識しだすのは11mくらいからだとどこかで聞いたことがある。ぼくはまだ、フリーフォールもバンジージャンプも経験がないけれど、夢の中で、底が抜ける時の「ゾワッ」とする感じは、怖いけど気持ちいい。ま、どこかで「これは夢の中だし…」という安心感があるのだろう。

眠りに落ちる瞬間が知りたかった話をこないだ書いたが、眠りに落ちつつある時間ならばいくらか分かる。たいがい、まず、目があまり効かなくなる。耳は比較的あとまで生きている。目をつぶっていても、なんらかの風景を感じていることが多い。時折その幻覚が、妙にリアルである場合、その幻覚の中での行為を、実際の行いと勘違いしてしまい、記憶に混乱が生じる場合がある。幻覚は幻覚らしく”けったい(関西弁で「おかしい」の意)”である方が区別がついてよいかもしれない。

一時期、どうしても眠りにつくのが下手になったことがあって、息子思いのお母んが「お酒でもちょっと飲んでみたら?」と親切なことを言うものだから、それまでは飲み会とかがないとアルコールを口にしなかったぼくは、睡眠薬の代わりにお酒を飲んでみた。

で、始めの頃は、頭の回転数が変わって、自分の考えを自分で聞いてておもしろいので眠れず。途中からは気持ちが悪くなって眠れず。しまいには目が冴えてきて一晩中飲んで、結局飲み疲れで翌朝寝るようなことになり、こりゃ、睡眠薬代わりにはならんなと思った。

仕方がないので、薬局に行って「睡眠薬下さい」と言ったら、なんだか医者の処方が必要だからと、代わりに精神安定剤を売ってくれた。あまり強くない薬で、用法の2倍くらい飲んでも大丈夫と聞いた(いいのか、そんな説明で)。説明書きを読むと、抗不安薬なのに、副作用で不安になることがあると書いてあって、なんじゃそりゃ。と思った。

で、飲んでみたが、まったく気分に変化がない。
「こりゃひょっとすると、おいらは、ちっとも不安ではないのではないか。」
「敢えて言えば、『この状況だと、不安でないといけないんじゃないか。』と不安だな。」
「でも、不安じゃなきゃっていう気分で安定してるよな。」
と検討終了して、その薬はそれっきりになった。それに、当時はあまり時刻に縛られていなかったので、「眠くなった時に眠ればいい」で良かった。

眠れば今度は起きないといけない。無頼派の作家さんなら、睡眠剤で眠り、覚醒剤で起きるというのもやるのかもしれないが、こちとら、頼り無い派の小市民であるから、せいぜい、カフェイン剤を使ってみるくらいである。しかし、これもぼくにはあまり効かない。1回1錠のところを2個飲んでも、ちっとも眠気は去らない。

結局、不意な眠気に対する対策は、眠ってしまうことであるようだ。でも、昼休み、ぐったりと眠っている職場の人を大勢見かけると、その光景になんだか悲壮感を感じるぼくは、つい眠れなくなる。シエスタが公認されている国にでも移住する必要があるかもしれない。

朝起きて、引っ繰り返した頭の中の砂時計は、夜が近づくにつれて、中の砂が下に落ち、空虚感にさいなまれる。

---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS------------------------------------
当時の本 『マジメな話』岡田斗司夫(アスペクト, 1700円)オタキングの世紀末対談集。
当時の世 白影さんが亡くなったのだそうだ。
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