Date: Mon, 10 Feb 1997
つうことで、こないだ『クラッシュ』を見に行ったわけです。
なにやら映画祭でブーイングと絶賛の中、審査員特別賞をもらったりした問題作らしいのですが、何が問題かというと、全編のほとんどが性的な描写だからで、国によっては上映中止、あるいは一部カットされたりなんかして、なんだか日本国ではカットはされなかったけど、「成人指定」で上映となったそうです。
上映開始の時間は調べてたけれど、映画館の場所を調べてなかったぼくは、やや早足で階段をあがり、このまま息を弾ませて入場したら、もぎりのおねえさんに「あらヤだ。この人興奮しちゃって呼吸が荒いわね。」なんて思われたら困るので、入口の一歩前で呼吸を整える。入場券は自動券売機で買うようになっていたが、やはり成人指定だから「お子様」ボタンは効かないのだろうか? 確認はしなかった。そして、しっかり落ちついた呼吸でもぎりのおねえさんに券を渡して、半券をもらった。
劇場はなんだか空いていた。話題つっても、そんなに見にくるものでもないか。けっこう年配のおじさま客もいらっしゃるが、映画評論家気取りで話題作を、チェックしにきたのか、それとも成人指定と聞いて何か回春効果を期待してきたのか。あるいは単に暇つぶしに映画館に入ったのか。それは分からないが、とにかく空いてたので余裕で座った。
お話は倦怠期の夫婦が互いの浮気の話を相手にしながら煽情していたのだが、夫の交通事故をきっかけに、そのような非常の事態によって性的エクスタシーを感じるようになる。そして、有名人の交通事故を再現するようなサークルに出入りするようになる。事故のシチュエーションにエクスタシーを感じるのも倒錯だと私は思うが、作中ではさらに車の中でのファックや、ホモやレズといった同性愛や、ギブスをして不自由になった体でのセックスなど、これでもかといろんな状況での性行為が描かれる。また、事故でグチャグチャになって肉の塊となった人の描写もかなりあった。うん、私のような青少年には見せてはいかんな、コリャ。
日本語でもエクスタシーの状態を「死んじゃう」と表現する方もいらっしゃるくらいだから、事故という状況が快楽と等価になる人がいても不思議ではないかもしれない。同種の言葉に「イク」というのがあるが、行き先が「ここでない何処か=あの世」だとすると、「死ぬ」も「イク」も同じなのかもしれない。
日本人のセックスは男も女も「イク」「イク」と同じ方向を向いていて、永遠の後背位だと山田詠美も言ってる。
ところで、英語では、知られているように、「いく」ではなく"come"と言う。来るのである。やはり、ここでも、この言葉はさまざまな意味を持つ。これから、あなたの所に行くよ、というのを"I am coming to you"と言う。決して、"go"を使わないのである。性行為の際も、同じように表現する。お互いの所に来るのである。つまり、向かい合っているのである。それに比べると、日本語の場合は、お互いが「いく」のだから、二人共、同じ方向を向いている訳である。英語のセックスは向かい合い、日本語の性は同じ方向を向きながらする、すなわち永遠の後背位である。動物の体位と同じである。
(『快楽の動詞』文春文庫)
もっとも詠美さんが女友達に聞いてみたところ、半分以上がそんなこと言わないと言ったそうな。英語では"come"である。日本語でも「キた」という人も中にはいるだろう。ところで、ボノボなどの一部の霊長類はいわゆる正常位ですることもあるらしい。
私の英語のリスニング能力はネイティブの幼児と勝負になるかならないか位だと思われるが、幼児レベルだとしても、三語文くらいは聞き取れるわけで、車の前の座席の背もたれに両手をかけた女が、腰をグラインドさせながら、後部座席にいる男に話しかけているシーンの台詞は"Have you come?"であった。ちなみに字幕は「イッた?」である。なんだバックでやってても"come"なんじゃん。ちなみに、つたない私のリスニング力ではpenisがpeanutsに聞こえた。
全編に渡って性的描写は多いのだが、ライティングによって、ほとんどのシーンは局部が影になっていて見えない。その点では即物的といういよりは観客のスケベ心に任せている部分がある。この映画のテーマは車社会の危険性に対する警鐘と、それによって歪む現代人の心の問題であって、セックスそのものではないらしい。こういう見せ方と比べると、外国に指摘を受けるまでもなく、現代日本はお国をあげて、公然猥褻な感じが否定できない。
ラストシーン。この夫婦はカーチェイスの末に妻の方がコースアウトして車ごとひっくり返る。夫が路肩の土手を下りて、車から投げ出された妻と交わるシーンをずーっとロングで引いていって終わる。野次馬も救急車もこないけど、二人でずっと。これも夫婦愛の一つの形なのか?よくわからんが、評論家気取りで理性を働かしていたので、わが半立ちピーナツはやり場を失ったのである。
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当時の本 『Palepoli』古屋兎丸(青林堂, 1300円)この中には世界がある
当時の世 横浜はいい天気。今年も水不足になるのか。
当時の私 仕事の流れは速い。溺れないか心配だ。