[*]I'm an idiot

Date: Mon, 10 Nov 1997

ちょいと前の話になるが、某栄養剤のCMで

「世の中、バカが多くて疲れません?」

っていう台詞が物議をかもして、変更になっちゃったという話があった。お客様である消費者をつかまえて、馬鹿呼ばわりとは何だ。というのがその抗議の趣旨である。商売上、お客様は神様であるから、それをバカにするというのは、神をも恐れぬ罰当たりな所業なのだろう。

神様は全知全能の存在であるので、「全」である以上、同時に「無」も包括しているはずで、だとすると、神は同時に無知無能でもあり、馬鹿であっても構わないのだが、この考え方はあまり受け入れられない。

そもそも、馬鹿という字面からして、「馬や鹿みたいなけものは劣ってる」という偏見が感じられて嫌だ。『もののけ姫』に出てきた巨大なけもの達は人間よりも知性を発達させてたり、シシ神は鹿のような姿をしていた。が、あれはあれでファンタジーの中の話だ。

しかし、世の中に馬鹿が多いのは本当である。何故なら、自己申告される方が多いからである。お話の途中で、「俺、馬鹿だから…」とか「私、頭悪いから…」という台詞を口にされる方は案外大勢いらっしゃるのである。

ギリシアの哲人ソクラテスという人は、偉そうにしている人を見かけると、議論をふっかけて論破し、「あなたは何も知らない。私は自分が何も知らないことくらいは知っている。」と「汝、自身を知れ」とか「無知の知」とかいう考え方を広める、ヤなジジイだったそうだ。

とすると、「俺、馬鹿だから…」は自覚的なだけに知能犯であるといえそうだ。どっちにしろ、「私、頭悪いから…」のあとに思考停止に陥る方は困ってしまう。せっかくなら、「わかるように説明して」とか「それって、○○って言ってる?」とかいう反応をしてくれないと話が続かない。

「デヘヘヘェー おれアホやから」
"Heh heh heh... It's because I'm stupid, dear..."

『タッチおじさんの幸福論』に出てくる台詞である。タッチおじさんは月給30万で、同期に部長がいるそうで、その他諸々でヨメさんにいじめられている。

関西の笑いは「自らがアホになる」ことにより生じる。
東京の笑いは「誰かバカを見つける」ことにより生じる。
そういう大雑把な分け方が出来る。どちらにせよ、寛容な世間がないと、アホあるいはバカになった人は世間から疎外される。そういう可能性において、他人をバカにする東京の方がつらいと思う。関西は芸人本人がアホになるから本人にもそれなりの覚悟があるだろうからである。まぁ全国ネットのテレビで、関西系の芸人が多くなったり、時としてつまらないB級芸人の芸(と呼んでいいのか?)を垂れ流すご時世だからこんな区別も覚悟もなくなってるかもしれない。

東京で「バカだなぁ。」と言われるのと、大阪で「アホやなぁ」というのがはたして等価で一対一で翻訳できるのか分からないが、親しい人の間で交わされるのならば、これも愛情表現なのだろうなぁと想像するのである。

---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS------------------------------------
当時の本 『タッチおじさんの幸福論』文:石井達矢、絵:犬塚達美、英訳:Frederic L. Schodt(徳間書店, 1359円)レーゾーコの奥でおじさんが見つけた希望とは?
当時の世 国立競技場の盛り上がりは、ぼくには集団の恐さにしか感じられない。でも、この際だからW杯に出場して欲しいね。
当時の私 "I may be a idiot, but most of the time, anyway, I tried to do the right things." by Forest Gump これにしても、1、2年の流行り言葉のずれで、純愛と言われたり、ストーカーと言われたり、馬鹿と言われたりするんだよなぁ。

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