(む}Do you take MUCCI card?

Date: Tue, 18 Sep 2002

私の身近な人なら、ご存じかも知れないが、私の金銭感覚は怪しい。もっとも、じゃぁ、他の感覚は鋭いのか?と問われると、それもまた、かなり怪しいのであるが、ここでは、とりあえず、置いておく。

ビデオや本などを買って、しばしば、お金を使っているが、生活を圧迫するほどではない。そもそも圧迫されるほど、生活しているかと改めて問うと、生活してないような気がする。

子供の頃、テレビや雑誌の中のサラリーマンの人が、「給料日前で苦しいんすよ。」なんていうセリフを言うのを見て、そうか。給料日前は苦しいのか。などと思っていたのだけれど、生き活きしてない私は、給料袋も給与明細も貰えないし、口座の残高照会をする習慣もないので、知らないうちにお金が増えていると思ってたりするのである。たぶん、知らないうちにお金が減っていても気づかないに違いない。なにせ、「知らない」うちなのだから。

出無精の私は、何か買い物しようという時には、一大決心が必要になる。ただでさえ、人との応対が苦手な私は、できれば自動販売機で済ませたい。なんて思っているのに、缶ビール以外のたいがいの物は、お店に出向かないと手に入らない。さらに、物々交換をしようにも、私の手元には、わらしべのように価値のあるものはないので、お金を支払うことになる。

わらしべは、わらしべを必要としている人がいて、はじめて交換価値が生じるのであるが、私の今の職場環境で、わらしべを必要としている人に出会うのは困難である。くしゃみがうまく出ない人は、おそらく、こよりか、わらしべを必要とするような気がするが、首尾よくくしゃみが出た暁には、「ありがとう」と、鼻水がかすかについたわらしべを返されて、おしまいであろう。

人は、とりあえず、お金を物と交換できる価値としてお約束にして、丸い金属板を硬貨とし、偉い人の肖像画の入った紙切れを紙幣としている。それがお約束であることは、私の給料はデータの上の数字でしか認識できないことから明らかである。データなわけがないと思う人は、千円は、円という単位で千というデータだと思わないのだろうか。

良く知らないが、私の職場では給与明細を紙で配ってもらうことは要求できても、給料を現金でもらうことは要求できないと思われる。ペーパーレスである。ペーパーレスだと言っても、給料を全部、紙幣でなく、硬貨で払われると、それはそれで困る。

そういう私は、買う物の値段が3万円を越えると、さらに決心が必要となる。はたと思う。ならば、毎月家賃で7万円くらい口座から引き落とされているのは、2.333…大決心くらい必要なのではないのか?いや、出掛けない上にお店で支払うわけでもないので、そんな決心はないらしいのである。やはり、生身の人との現金のやりとりに、なんらかのバイアスが掛かっている。

先日、ついに私は、クレジットカードなるものを手に入れた。自分でも、自分のことは信用ならねぇと思ってるので、なにがクレジットなのか、ちっとも分からない。そういや、申し込んでだいぶん経って来たところを見ると、先方も、私が信用に足るか、判断に迷ったのかもしれない。

カードに署名すれば、すぐに使えるようなことが書いてあったので、早速、ミミズのはったような、というか折れ釘のようなサインをしてみたのだけれど、事態に変化は起こらない。どうやら、お店に行かないと使えないらしい。いきなりネットショッピングに手を出すのも気が引ける。先日もなんだか先輩のカードが不正に使用されてるとかいう事件を聞いた所である。なぞのダイレクトメールや、勧誘電話の掛かってきやすい体質(体質かは謎だが)の私としては、情報のリークに気を付けなければならない。

だが、しかし、これで、ぼくも、3万円以上の買い物が気軽にできちゃうかもしれない。などと思ってカードを持って出掛けたのである。

が、3万円を越える買い物をする予定はないのだ。というか、どこで、このカードは使えるのだ。署名したらすぐ使えるようなことを書いてあったが、使い方は書いてなかったような気がする。見落としたのだろうか。だが、カードは持ってきたけれど、約款までは持ってきていない。どうすれば使えるのだろうか。

は、もしや、藤井隆のものまねでもして、「VISAでええか?」と言えばいいのだろうか?でもここは、道頓堀ではない。

私は、少額の買い物に、一瞬、カードに手が伸びたのだけど、そそくさと一の位までお釣りのないように、現金を支払うのだった。
「丁度から、お預かりいたします」
「丁度」では、「から」ではないのではないか。依然、納得がいかない私である。どうやら、今の私には3万円とは関係なく、カードを使うのに一大決心が必要なようなのである。

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当時の本 『棚から哲学』土屋賢二(文春文庫,本体457円+税)私の部屋には棚がない。いや、確かに本棚はあるが、遠慮がちである。落ちてくるには、私の背丈より高いところに棚がある必要がある。どうやら、土屋先生におかれましては相変わらず気苦労が尽きないようである。
当時の世 急に涼しくなった気がする。小泉首相訪朝。
当時の私 今月度は、仕事初めて以来、最悪の遅刻状況である。今季はじめて、掛け布団出動。

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