[*]Smell of gunpowder

Date: Sun, 12 Sep 1999

駅前の派出所の前に、その日の交通事故の件数が書いてある黒板がある。「死亡」の欄が「0人」だと、「今日は平和だ」となんとなく思う。事故の件数自体が0件である日もあるのだろうか。なさそうな気がする。

9月某日

仕事で遅くなった帰りに、駅のホームの階段の登り口で、一人のおっちゃんが倒れこんでいた。

階段の反対側から回りこんで来た降車客の方々は、ちょっと驚いたような顔をして、華麗なサイドステップでおっちゃんを踏まないように気をつけた。
こちら側から行く人は、余裕をもって、談笑しながら、無視しながら、汚いものを見るような目をしながら(実際、あんましキレイじゃなかったが)避けていった。

路上で寝ることに慣れている人なのかもしれないが、階段の登り口で寝るのはあまりに寝相が悪い。

改札口。みなさん、何事もなかったかのように、いつも通り家路につくようだ。
最近は引かれるほどの後ろ髪は持っていない私であるが、このまま帰るのは寝付きが悪くなりそうなので、駅員さんに報告することにした。

何かの発表会で発表する時や、普段、ネタで提供している話を直接、生で人に話す時とおなじような、頭の隅のきな臭い感じがあった。おそらく、「事件のにおい」とか、「危険な香り」というのはこの感じのことに違いない。私は第一発見者ではないが通報者になるのである。

「あの〜すいません。あっちのホームの階段のたもとで倒れてる人いるんですけど」
「なにぃ!倒れているぅ! わかりました。」
今時、「なにぃ!」なんていう語彙は刑事物のパロディーのコントか、DVDでよみがえったウルトラ警備隊くらいしか使わないだろう。

駅員さんは改札口の窓口にカーテンを閉めると、現場に急行する様子であった。彼の頭の中でも、なにかきな臭い感じがあるのだろうか。少なくとも、私の頭の中では、「太陽にほえろ」のテーマソングがリフレインしていた。

現場に立ち会わないといけないのだろうか。どうしようか。駅員さんに押し付ける前に、自分でなんらかの対応をしなきゃならなかったのであろうか。おっちゃんは実はもう事切れているのではないか?もしや、おっちゃんは、さっさと立ち上がって、家路についているのではないか?

グルグルと妄想がしたが、結局、駅前のコンビニでビールを買って、家路についた。


9月×日

帰り道で、自動車のウインドウから細い棒状のものを押しこんでいる二人組を目撃。どうみても、ドアロックを開けようとしている。あからさまに怪しい。

また、頭の片隅がきな臭いようなライブ感覚を感じる。

だが、この人達は、この車の所有者かもしれない。単にJAFを呼ぶのが面倒なだけかもしれない。この自動車は、ぼくのじゃない。それに、一人は手に、かの有名な「バールのようなもの」を持っている。あれで殴られたら、翌日の新聞に「鈍器のようなもので殴打され・・・」と記事になってしまうではないか。

そう思うと、急速なクールダウンをした頭で、私は家路を急いだ。


9月或日

牛丼屋さんに入って、食券を買おうとしたら、先客がいた。
青いシャツを着ているその人を見て、「どこぞの現場の警備員の人かな」と思いつつ、ジロジロ見るのも失礼だなと思って目線を下にずらすと、腰に棒状のものと、ホルスターのようなものがついている。当局の方である。

銃弾は発射されていないが、私の頭の中では例の硝煙反応が起き、にわかに緊張感が高まった。お巡りさんは慎重にメニュ−を検証しているようだ。(壁に書いてある、警察官立寄所っていうのは本当だったのか)などと、つまらないボケを考えていると、「あ、お先にどうぞ」と言われた。

券売機の順番を譲られてしまったのである。ここは迅速に食券を購入して次の番に回さないと、公務執行妨害になるのではあるまいか。あるいは、「そこの原付止まりなさい!」と後ろからスピーカーで制止されるような気分である。ふるえる指で100円玉を4枚投入して、私はビーフカレーのボタンを押した。

お巡りさんは、牛丼のテイクアウトをして、立ち去った。

---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS------------------------------------
当時の本 『自由死刑』島田雅彦(集英社、1500円+税)「来週の金曜日に死ぬことにした。」残り一週間をどう過ごすか。保険屋、臓器ブローカー、殺し屋、医者、あこがれのタレント、それぞれの思惑のからむ中、自由死刑はどう執行されるのか?
当時の世 いろいろお巡りさんも大変なようだ。
当時の私 最近、どうも、髪の毛の伸びが悪いような気がする。

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