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Date: Sat Dec 5 1998

前回のつづき
いつもより文量が多い。読んでる途中で飽きてきたらそれは、たぶん、ぼくのもどかしさである。

電話が鳴る。受話器を取る。

「あのなぁ、ウインドウの消し方がわからへんねん」
おそらく、自分の家のパソコンがウインドウズになったもんだから、うれしがって、いろんなプログラムを起動してしまって、たくさんのウインドウが開いてしまって、どうしようもなくなってるのだろう。
「この、”マウス”ってやつを使うんやんなぁ。」
文明の利器を手にした未開の人のようである。いままで両親らは”F1キ−は登録””F10キーは終了”とかの文化までしか知らないのである。電話の向こうで声がする。
「マウス使うんやて、マウス。」
まるで新しい言葉を覚えたてのお子様状態である。
「お母さん聞いても、よお分からんから、お父さんに代わるわ」
「もしもし、あのな、マウスで、あれしたんやけど、どうもうまく行けへんねん」
思わず、「あれした」ってなにしたんじゃぁ。そんでもって、どうしたいんじゃ!と声を荒らげてつっこみそうになる。いや、実際、つっこんだのである。
「「あれした」って、何してん。」
「だから、その、あれや。なんや。」本人もよく分かっていない。
言葉につまった父が言う。「こら、勝手にいじるな」どうやら、オペレーターは弟らしい。
なお、以下の文章で()に囲まれている単語は、言いかけて言い換えた言葉である。
「あのな、ウインドウいうのが始まってな。終わらせ方がわからへんねん」
「マウスでやなぁ、(カーソル)矢印あるやろ。それをウインドウの右上に持っていってみ。そこに×印あるやろ。そこでマウスの左のボタンを(クリック)押すんじゃ。そしたらウインドウが(閉じる)終わるわ。」
「右上やな。おい、右上やて、やってみ。・・・でも、右上にはなんもないぞ?」
もしかして、なにかのソフトのインストールとか登録のウインドウが立ち上がって、いや、起動しているのだろうか。それとも、初めて立ち上げたものだから、ユーザー登録とかになってるのだろうか。
「その(開いてる)一番前に見えてるウインドウの中で”閉じる”とか”キャンセル”とか書いてないか?」
「別にないぞ、右下に時計が出てる。そこ触ったらカレンダーみたいなのが出た」
そんな操作をしろとは言ってない。
「キャンセルとか取消とかいうボタンが出てるやろ、そこを(クリック)押して」
「ボタンってどれや。ボタンいっぱいあるぞ。」
父の目には「ボタン」と言えば、マウスのボタンか、さもなくば、キーボードのキートップなのである。
「画面にそう書いてる四角い枠があるやろ。そこにマウス使って矢印持っていって左ボタンを押してみ」
「どれや、どれや。こら、説明してもらってるんやから勝手にいじるな」
どうやら、弟が手当たり次第にウリャウリャとマウスでクリックしているらしい。
「ごめんな、こんどのパソコン、請求書打ち出すだけやなくて、ウインドウでワープロも使えるって聞いたから、ちょっと慣れとこうと思って触ってみてん」
「あのなぁ、説明書読んだんか。それに、お父さんら、ワープロで何すんねん」
こういう横柄な態度を本職のサポートの人が取れば、おそらく、「この会社の対応は悪い」と信頼問題に発展するのだろう。幸い本件はそういうケースではない。
「え、チラシとか年賀状の宛て名とか印刷できるし・・・」
ああ、父上様、ここ数年、帰省したぼくが宛て名書きソフトのオペレーターになっている事実をあなたはどう認識しているのであろうか。よしんば、そのニューパソコンにそういう機能があったとしても、うちの家族に、それを使う能力があるか疑わしい。

いや、家族をけなしただけでは解決しない。やはり、まだ、今のパソコンは真のユーザーフレンドリーというか、やさしい操作を実現していないのだ。ま、自動車だって、みんな教習所に行きながら乗っているからパソコンだってその程度のものかもしれない。

さて、ウインドウを閉じる×印もなく、キャンセルボタンもないとなると、どんな特殊なウインドウを開いて困っているのだろうか?良く分からない。仕方がないので、ツールバーからソフトを終了させる方法に移行することにした。もはや言うまでもなかろうが、「ツールバー」なる語彙を先方が持っているわけがない。
「あのな、画面の下の方に(ツールバー)灰色のところがあるやろ。そこになにか書いてないか?たぶん、今、(立ち上がってる)起動してる(ソフト)プログラムの名前が書いてるはずなんやけど。」
「チャンネルとかアクティブデスクトップとか書いてる。でも右上には×ないぞ」
もう、右上の話は終わっている。今は画面の下端の話だ。
「違う、下の方や。」
「右には時計が出てるで。」
「右に行き過ぎ。」
「おい、その左やて。えーっとな、オートキーとか書いてる。」
はて?この伝票管理ソフトの会社が何かソフトをインストールいや、入れたのだろうか。でも、今はそこの話ではない。
「もうすこし、左っていうか、下のグレーの所の真ん中になんか書いてないか」
「書いてないな。あのな。さっきのオートキーのあとに11って書いてる。これって、あれとちゃうんか。オートキーやからなんか押したら自動でなんかなるんやないんか」
右下の話は終わってるっちゅうねん。だから「あれ」ってどれやねん。「なんか押したらなんかなる」ようなキーを迂闊に押すわけにはいかんではないか。

その時、ぼくの頭で豆電球が光った。
「あの、もしもし?ひょっとして、そのオートキーって”エー・ティー・オー・ケー”って書いてない?」
「あ、書いてる。書いてる。」
"ATOK11(エイトック11)"ジャストシステムの日本語入力IME(Imput Method Editor)である。ちなみにATOKというのはAdvanced Technology Of Kana-kanji transferの意である。ということは、父のいう「ワープロ」というのはおそらく「一太郎」であろう。
「あのな。それは日本語を入力するためのプログラムや。オートキーと違う。」
「ああ、そうなんか」
「ほんまに、画面になんもウインドウっていうか窓みたいなん(開いて)出てないか?」
「なんもないけど、ゲームとかマイコンピュータとか書いてる絵と、大きくアクティブデスクトップとか出てる。」
どうやら、Windowsの(デフォルト)初期設定で、アクティブデスクトップの(壁紙)背景がついた画面をが出たのを見て、彼らは「なんかわけのわからんもんが始まった」と困っているようだ。絵というのはおそらく画面の左側に並んだアイコンのことだ。

下のツールバーにはなにもないと言っている。つまり、なんらアプリケーションが勝手に立ち上がってるのではなく、普通にウインドウズが起動しているだけの状況に、とまどっているのだ。

私は、「ウインドウ」と言えば、アプリケーションソフトが起動している窓のことだと思って説明しようとしていた。しかし、父の言う「ウインドウ」と言うのはWindows95そのものだったのだ。ということは、おそらく、無事にウインドウズを終了させて、再起動すれば、ソフトメーカーの人が設定した基本設定で立ち上がるはずだ。いや、ひょっとすると、このまま件の伝票ソフトのアイコンをクリックするだけで話は済むのかもしれない。
「あのな、それって、Windowsの基本ソフトが起動してるだけで、なんもおかしいことになってないんとちがうか。」
「で、そのウインドウっていうのは何をするもんなんや」
今はそれを説明する時ではない。だいたい基本OS(Operating System)というのは本来、空気のような存在であるべきだ。空気を意識しながら呼吸をしないといけなくなるから、パソコン初心者には息苦しくなるのだろう。
「たぶん、パソコンを再起動したら、正常に戻るわ」
おそらく、ふつうに起動したら、スタートアップになんらかのメニューソフトが入っていて、問題の伝票管理ソフトが立ち上がるのだろう。
「なんや、そしたらスイッチ切ったらいいんか?」
「前のパソコンやって、ちょっと待ってから画面に「電源を切って下さい」って出るまであかんかったやんか。なぁ、突然切ったらあかんやんな?」
「ああ、あかんあかん。で、パソコンを一旦(落とす)終了させんといかんから、マウスで矢印を画面の左下のスタートってとこ持っていってみ。そこに 「Windowsの終了」ってのが出てくるやろ。そこにまた矢印持っていって左ボタン押す」
しかし、改めて考えると、「もう終わろうか」という時に「スタート」をいじるのは直観的におかしい気もする。マラソンでしばしば、折り返して陸上競技場に戻ってくるようなもんか? ま、慣れの問題だ。
「そしたら、画面の真ん中に新しいウインドウが(開いた)出てきたやろ。そこに、電源を切れる状態にする・再起動する・MS−DOSモードで再起動・ログオンし直すっていうのがあるやろ、2番目の再起動の前の(チェックボックス)丸い印のところに矢印をもっていって・・・」
「おお、画面が真っ黒になった」
「コラ、まだ説明の途中やのに何した。」
「コラ、説明聞いてんのに、勝手にすんな」
弟に文句を言っているようだ。
「なんかエムエスディーオーエスってやつにしたらしい。イーエムエスを64ケービー使用しますって書いてる」
「エムエスドスやっちゅうねん。」
彼にしたって、"MS-DOS"の読み方を知っているというだけで、あとは、ゲームのおかげで多少マウスの扱いに慣れているだけなのだ。しかし、どうやら、MS-DOSモ−ドで再起動というのを選んだらしい。
「C(コロン)点々で不等号みたいなんがあって、(カーソルが)なんかして入力待ちになってないか(C:\>_)」
「えっとな。画面にな、エムアイシーアールオーエス・・・」
「一字一字、読まんでええて。マイクロソフトやな。」
「そうマイクロソフトのウインドウ95って書いてる。そんでな。なんかコピーしたって書いてる。」
「ひょっとして、Copyrightって書いてる?それは著作権表示やちゅうねん。で、その下は?」
「A点々円ウィンドウ不等号山Cって書いてる」(A:\WINDOWS>^C)
なんで(CTRL+C,^C)の停止の制御コードが入ってんだ。それに、なんでAドライブなんだ。どうやらNECの98らしい。とりあえず、再起動させよう。
「キーボードからexitって打ってEnterキー押して」
「"exit"やな。入らんぞ。"イサニカ"って出てるぞ。」
「あの、もしもし?ひょっとしてキーボードをカナ入力にしてません?」
「おお、こんどはちゃんと入った。ええと、また画面が暗くなって、ええと、あれや。画面の一番上にWindows95って出てる。」
「それでちょっと待ってたら再起動するわ」
・・・・・・・・・・・・・
「なんも画面変わらんで?」
「え?ほんまに?画面になんて出てる?」
「ええとな。固定ディスク起動メニュー。1、ウインドウズ95。2、エムエスドス。領域の選択とか書いてる。」
はぁ、そうきましたか。
「そしたら、1番の領域を選択したらウインドウズが再起動するわ」
「一番やな。おい、こらまた勝手に押すなってゆってるやろ」
どうやら、弟がまたなんらかの操作をしたらしい。
「あ、伝票の入力画面になった。」
「何したん?」
「あのな、2番のMS−DOSの方にしたらうまくいったわ。ありがとう。また何かあったら電話するわ。このパソコン貸してくれてる会社の人来ても、呼んだ用件以外のこと聞いてもあんまりちゃんと答えてくれへんし、1万円くらい取られるし」

・・・・???
何?、伝票作成ソフトの方はMS−DOSベースで動いてるのか。おいおい、2000年対応の前に、ウインドウズ対応してないじゃないか。どないやねん。これがオチかい。どうやら、普段の業務はMS-DOSで立ち上げて伝票ソフト。ワープロを使いたい時は再起動してWindows上で一太郎を使えということらしい。

なんだかなぁ。

本職のサポートの人は、発生した障害への対応の準備をしてくるのだろうから、おっちゃんやおばちゃんがずうずうしく、「ついでに聞きたいんやけど」とあれやこれや聞いても、対応しづらいであろう。本職だから人件費かかるし。そんでもって、「今日来た人、プロのくせに、ろくに答えられへんねんで。」と、用件を説明させたら、「あれしたんやけど、そうならんねん。」という人に言われるのだからご苦労さまである。

たぶん、うちの家族はワープロは使わないんだろうな。と、思う。

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当時の本 『ピーター・パン・シンドローム なぜ彼らは大人になれないのか』ダン・カイリー著, 小此木啓吾訳(祥伝社ノン・ポシェット, 762円+税)単行本はもう15年くらい前。ぼくもその手かなと思ったけど、ちょっと違うみたい。 Peter Pan Syndromeの特徴としては、1、ご都合主義。 2、発作的怒り。3、自分の非を認めない。4、無頓着。5、手当たりしだいのセックス。があるらしい。類書として、「シンデレラ・コンプレックス」とか「ウエンディーズ・ジレンマ」とか、「シャイマン・シンドローム」とか、昨今有名な「アダルト・チルドレン」とかも比べると面白いかも。
当時の世 平年よりも27日早い初雪が降った。
当時の私 寮の近くのスーパーと、牛乳屋が店じまいした。自販機が遠くなった。

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