[*]At Yoshinoya

Date: Mon, 26 May 1997

牛丼の吉野家がある。ケンタッキーのことを「トリ」と呼称する人の多くは、吉野家のことを「ウシ」という。大学の研究室にいた頃、実験で徹夜してたりすると、ジャンケンで負けたやつがテイクアウトの牛丼弁当の買い出しにいったり、車にみんなで乗り込んで食べに行ったりしてお世話になった。

そんな思い出とは特に関係なしに、吉野家のカウンターにちょこんと座る。

店員「ご注文よろしいですか。」
ぼく「並」
そして、お茶をすする。

速さも自慢の吉野家といえども、一瞬で品物が出てくるわけではないから、少し待つ。そうしている間に、どこぞの彼氏と彼女がお店に入ってくる。

彼女「わたし、吉野家って、来るの、はじめてぇ〜」

「はじめて牛丼屋に彼女をエスコートする彼氏の図」を、ぼくの短い人生経験の中でも既に何度も目撃している。おそらくかなりの確率で発生する事件なのだ。これは。

お茶の入った湯飲みを二つ持ってくる店員さん。

店員「ご注文よろしいでしょうか?」
彼女「ど〜しよっかなぁ。メニューなにがあるの?」
彼氏「牛丼屋なんだから、牛丼しかないよ。大きさはいくつかあるけどさぁ」
彼女「あ、そっかぁ。どんなのがあるの?」
彼氏「あそこに、書いてんじゃん。並盛、大盛、特盛って。」

場合によって「たまねぎ抜き;ネギ抜き」とか「つゆを多め;ツユダク」とかのオプショナルな裏技的メニューもある(通じない場合もある。)が、初心者の彼女には必要あるまい。

そうこうしているうちに、別のお客さんが入ってくる。

店員「ご注文よろしいでしょうか。」
客A「大盛と卵」
店員「大盛ひと丁ぉ〜。卵一個ぉ〜」

彼女「ふ〜ん。みんな、入る前にもう決めてんだぁ。すごいねぇ。」
ちっともすごくはない。
彼氏「そりゃそうだよ。牛丼しかないんだからさ。」
店員「ご注文よろしいでしょうか。」
彼氏「ん〜、ちょっと待って」

客B「お勘定」
店員「はい、並盛で400円になります。」

彼女「ねぇ、大盛って多いの? 」
まぁ、大盛というくらいだから、多いでしょうな。大盛は並盛の1.5倍相当。特盛はご飯は大盛相当、具が並盛の2倍だと聞く。

彼女「わたし、少食な人だから、並盛にしよっかなぁ。」
彼氏「じゃ、ぼくも並にしよっか。」
店員「ご注文お決まりですか?」
彼氏「並盛二つ。」
店員「ありがとうございま〜す。おあと、並盛ふた丁ぉ〜」

ファーストフードのせわしなさは、時として人を苛立たせる。そんな中にあって、二人の絶対領域を展開して周りの時間軸と違えて進むイノセントワールドを広げられると、つい突っ込みを入れたくなるが、何せ相手は絶対領域だから、うかつな攻撃は跳ね返されるか、無力化される。

店員「おまたせしました〜並盛です。ごゆっくりどうぞ。」

早口で「ごゆっくりどうぞ」といわれても、あまり落ちついた気分にはならないものである。

彼女「わたし、初めてだから食べ方わかんな〜い。これ、かけるの?   こっちはどうするの?」

彼女はおそらく紅ショウガや七味と醤油に、どう対処していいのか困惑しているのであろう。彼氏が懇切丁寧に説明してあげているが、何もそんな、紅ショウガや七味や醤油を生まれて初めて見るわけでもなかろう。なに〜食べ方がわかんねぇ? さっさと目の前のワリバシを割って、ドンブリ飯をかき込め!てやんでぃ。しょうがねぇ、そこの彼氏。ワリバシを割って差し上げて、ちゃんと擦り合わせてささくれも取って、手取り足取り、いや、足は取らなくてもいいか。お箸の使い方をご教授して差し上げろってんだい!

とまぁ、わけもなく、いや訳はあるか? 苛立ってみても、ぼくが頼んだのは並盛だったので、もう食べ終わる。幸せなお二人に突っ込んでいる場合ではない。勘定を済ませて立ち去らなければならない。残りのお茶をすする。

ぼく「ごちそうさま」
店員「ありがとうございま〜す。並盛りで400円になります。」

ぼくは小銭入れから百円玉を四枚出す。

店員「400円ちょうどからお預かりいたしま〜す。」

おい、ちょうどから何を預かって何を返してくれるんだい。そういう時には、「400円ちょうど頂きます。」って言うんだよ。たぶん、千円札とか渡された時の「千円(を)お預かりいたします。」と「千円(の内)から(お代金分を)頂きます」が混じってしまってんだな。ま、金は天下の回りものっていうくらいだから、「頂きます」よりも「お預かりします」の方が謙虚でいいって言う向きもあるかもしんないな。でも、「ちょうどから」はないと思うぞ俺は。

ま、空腹もおさまったし、いらついて頭に血を回したんじゃ、胃袋に血が行かなくて消化に悪い。いかにも「私、いましがた牛丼食べました。」というにおいのする大きなため息を一つついたぼくは、気分も新たに歩き出した。

---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS---------------------------------------
当時の本 『THE ROAD AHEAD』Bill Gates。そろそろ入手してから一年が経つ。昼休みだけチマチマ読んでるうちに、アップデイト版の邦訳まで出た。あまりにゆっくり読んでいるので、内容はよく分からん
当時の世 『失楽園』流行ってるらしい。が、よく分からん。
当時の私 フレックスというのになったらしい。が、よく分からん。

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