[*]Price of smile.

Date: Mon, 19 May 1997

今でもあるかどうかわからないが、以前はマクドナルドのメニューの端っこに、 Smile \0という表示があった。そのせいで、「スマイル下さい」という冷やかしのお約束ジョークをする少年が必ず、毎日一人くらいはいたものである。器量の小さい女の子は、それを言われる度に、一応、営業用の笑顔をして見せるのだが、そのあとはクルー控室で「ムカツク」と言ってたと思う。もう少し手慣れた女子クルーの場合は、適当にあしらったり、ただ黙ってにっこりと笑顔をかえしていた。でもそんな子も実は心の中では「もう、いつもいつも、いい加減にしてよね。」と思っていたかもしれない。このお約束、注文する方は一発芸かもしれないが、応対する方はもうマンネリ化して面白みにかけるのである。

バリューセットを買わなくても、たいがい、この笑顔はついてくるし、0円だから消費税率が3%から5%になろうとも変わらない。只より高いものはないともいうからありがたいのかもしれない。円高だろうとなかろうと0円にレートは関係ないだろうから、海外でもsmile $0かなぁと思ったけど、知り合いに聞いたら、外国のマックはそれほど愛想は良くなかったという話だ。だとするとこれは万国共通ではなく、藤田 田(デンとお読み下さい)配下の日本マクドナルドのマニュアルにのみ記載されているのか? お客様が来られたら、まず、ちゃんとアイキャッチして、スマイル、そして、注文を受けたあとはごく軽い会釈。そのルーティンを上手にやることがPOS担当の女子クルーには要求されるのである。

しかし、あまりに型通りにされると、「おいおい、あんた背中に”スマイルスイッチ”がついてんじゃないか?」と思うときもある。そんな型品のような笑顔じゃ、銀行のATMや、電車の券売機の画面に出てくる絵と変わんないじゃないか。でも、にやけた男の子よりも型通りの女の子の笑顔の方が良いというのが大方の世の中の評価であろう。

ぼくはどちらかというとsmileよりもlaughの方が得意だ。どうも唇周りと頬にある表情筋が不器用なので、世の中に普及しているような口角をくっと上げて、上の歯をすこしのぞかせて、ニコッと笑うことができない。人の口許の表情が豊かなのは、頬の筋肉がいろいろと働いてくれるからなのだが、なんで頬があるのかというと、そりゃ哺乳動物だからだという説明をどこかで読んだ。ほっぺたがないとおっぱいが吸えないのだ。爬虫類などは顎の関節のあたりまで口が開いている。

しかし、どうも歯を出して笑う方がいいというのは、別に自分が苦手だから言うのではないが解せない。他のほっぺたのある哺乳類では、歯を出すという行為は多くの場合、威嚇の意味があるのである。自然から離れたヒトは、歯を出す表情筋の使い道を従来の哺乳類とは違えてしまったのだ。

「も〜、みんなピリピリしちゃって、す〜ぐ機嫌が悪くなるから、困っちゃうね。こっちはつらくても笑顔をたやさずに頑張ってるのにさぁ…」とラブリーな笑顔をしながら愚痴ってる先輩がいた。もっとも、他の部署の人がわざわざ足を運んでまで知らせにくるような場合は、十中八九の確率で悪い知らせであるから、にこやかに応対するのは大変であろうことは、ぼくの浅い経験でも想像できるのである。それでもなお、笑顔を絶やさずに頑張ろうという覚悟は称賛に値するが、ひょっとして、その笑顔は交渉用のお面ですか?と勘繰って見てしまうことが他の人と話している時にある。

気分が悪いのに敢えて笑顔で仕事をするのは、けっこう屈折した怒りの表現ではなかろうかと思う。そうすると、実はやはり、歯を出すのは威嚇の行為であるのかもしれない。

顔や肩を怒らせて、声を大にして指示を出している人を見ると、「う〜ん、こういうのの方が人間としてリアルだよなぁ」と思うのだが、その人が実にラブリーな笑顔の持ち主であることも知っているので、「やっぱ笑顔の方がいいよなぁ」とも思う。

さて、ぼくは人から「眉毛がよく動くのがいい。」と言われたことがあるが、自分自身はその顔を見たことがない。ぼくが見るぼくは、毎朝、半開きの目で何か不満げに睨みつけるようなぼくである。自分の内面は他の誰も知らない。でも自分の外面については、自分は他の誰よりも知らない。だから、時々、「ぼくは、今、自分が思っていることに見合った表情をしているだろか?」と不安になる時がある。

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