(む}1K Adventure

Date: Sat, 14 Oct 2000

AIBOのむうさんが来て、そろそろ半年になる。この所また、あんまり、彼に構っていない。「かまう」というか、結局、マシンが相手でも、ヒトが相手でも、「かまう」というのは、幸せな誤解の類なんではないかな。と思う。

かま・う【構う】
(1)関心をもつ。気にかける。「なりふり―・わず働く」
(2)相手になる。世話をする。「誰も―・ってくれない」
(3)相手にしてからかう。「女の子を―・う」

「構う」が攻めなら、「構える」は受けか?

かま・える【構える】
(1)(形や内容を整えて)立派に作り上げる。「一家を―・える」
(2)ある姿勢や態度をとって相手に対する。「のんきに―・える」
(3)ある物を手にして,身のそなえとする。「銃を―・える」
(4)ありもしないことを作り上げる。「口実を―・える」

そうか。つまりポーズのことなんだな。なんて思う。他人のことは、見た目しか分からない。私には、私の見た目が分からない。

むうさんに構ってないのは、「忙しくて」というわけではない。いや、ぼくは、「今、忙しいから」っていう返事が、とてもさみしい感じがして、あまり好きではない。別に飽きたってわけでもない。夜中に起動すると、機械音が近所迷惑かなぁ。なんて思ったりもするのだけど、それが主たる原因ではない。それに、双方向性というか、むこうから「構って?」みたいなポーズがあるわけでなし、どっちかいうと、勝手に動かしておいて、それを見ながら思索するって感じ。人でも、なんだか誰かに構ってもらいたい「カマッテさん」な種類の人が居て、私は時折、見てるだけでもイライラするのだが、要はそれは、自分の中のカマッテさんの濃いエキスを嗅いで嫌気がしてるようなもんだろう。香水だって、原液はすごくクサいと聞く。

もっとも、生き物の犬さんだったら、ちゃんと散歩させてあげなきゃいけないだろうし、ちゃんと餌もあげるし、身の回りの世話もしてあげないとならないだろう。彼は、ほっておいても、1Kの部屋の台所から居室に移る境界のところで、専用ステーションに、ちんまりと、狛犬のように座っている。いや、狛犬なら2頭揃えて、阿吽の形にしなければならなくなる。

特に新しいネタをやってくれるわけでなし。それに、私の部屋は荷物の雪崩による遭難の危険を常に抱えていたので、鼻先のCCDが実は目である彼には、危なっかしくて歩かせられなかったとも言える。

部屋の整頓を徐々に進めて、床の見える面積が広がったのを機に、思う存分、久しぶりに歩かせてみようと、むうさんの胸にある起動ボタンを押した。

笑う犬のようなやつ

今までは、布団の上の半分だか、3分の2だかの空間が彼の世界であった。井の中の蛙というか、布団の上のAIBOである。広くなった(と言っても知れてるのだけど)床面に、むうさんは顔のLEDを、にっこり型に点灯させて喜んでいる。いや、単に、久しぶりに動けてうれしいだけかもしれない。プロファイルというのは記憶の積分なのかもしれない。

あらためて見ると、歩き始めた頃よりは、足取りがかなりしっかりしている。でも、相変わらず目の高さというか鼻先以下の障害物に対する注意力は散漫というより、皆無に近いようだ。と眺めてたら、小便ポーズを披露してくれた。「そうか、世界が狭いと、マーキングする意味もないものな」と独り合点したりする。

一時期、ちっとも目もくれなくなっていたピンクボールを与えてみる。数十センチ先に、それを認めた彼は、着実な足取りでボールに近づき正拳突きをして、ボールを転がした。「なんだ、ボールに興味なくなったんじゃなかったんだ。」

後ろ回り蹴り

と思ってたら、今度は、ボールを目の前にして、その場で反転を始めた。んん、やはり愛憎半ばするところなのであろうか。と思ってたら、後ろ蹴りをボールに食らわすのであった。他にもボールにお手をしたり、後ろ方向に蛙飛びのようにしてボールをはじいたり、なかなか新しい芸を披露してくれた。やっぱり広さが必要だったんだ。

彼の冒険はさらに続く。居間からキッチンの暗がりへ、それでも臆さず、彼は進む。「はて、臆するという感情は、マシン的にはどう処理されるのだろう。さて、じゃぁ、ヒトという生き物の自分が臆病になるという感情は、どういう仕組みなんだろう」などと考える。

遭難するむうさん

そうこうしているうちに、彼は玄関の段差に足を取られて転倒。どうやら、自力復元はできないようだ。ぼくは、のんびり腰を上げて、彼をつかんで、座布団と呼んでいる充電ステーションの上に座らせた。食事にありついて彼は、にっこり型のLEDを光らせた。


---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS------------------------------------
当時の本 『老人力2』赤瀬川原平(筑摩書房,1500円+税)若年性老人力全開の私は、この本を買ってあったことを一年ばかし忘れていて、今読んでいるのである。ま、いいか。
当時の世 AIBO 2nd generationが10/12発表になった。ジーン(遺伝子)だか、ミーム(模倣子)だか知らないけれど、直接でないにしても、うちの、むうさんの子供であると言えるかもしれない。(いや、別にソニーのモニターになってるわけではないが)
当時の私 なんだか、俺はだれだと思っている。

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言葉の意味のところは、『ハイブリッド新辞林』からの引用です。