(む}I am Humpty-Dumpty

Date: Mon, 17 Dec 2001

冷静な判断を下すためには、状況を客観的に捉える必要がある。ときおり、「とらえる」と「つかまえる」の合成語なのか知らないが、「とらまえる」という表現を使う人がいる。「その辺りの事情を、とらまえた上でですね、、、」申し訳ないが、初めて聞いたときは、その、おっしゃってる意味をとらまえることができなかった。

判断は冷静な方がいいが、感情は温かく動きがある方がいい。冷静であるのと冷たいのとは、ちと違う。いや、だいぶ違う。冷静であるためには、感情を殺さなきゃならないなんて思ってる人もいるかもしれないが、そんな感情抜きな判断ならば、安いコンピューターにでもできることである。

客観的というのは、端で見ているからで、将棋だか碁だかで、横目八段だか傍目八目だか言うのもそういうのかもしれない。

だけどその、こと自分のこととなると、これはもう論理的に言って客観的になることは不可能なわけで。なにせ、当のご本人なのである。で、当のご本人がご本人であるのは、周りがそう認めてくれるからで、同時に、自分もそう認めるからで。二重人格者にでもなって、裏の人格を否定することは可能かもしれないが、それはやはり、他人を評価してるようなものだから、自分自身を客観的に見るってのはやはり、むずかしいというか、論理的に不可能な話だと思われる。ぼくの世界に、「ぼく」という他人はいないのである。

みなさん、自分の声を録音して聞いたことがあるだろうか?改めて、自分の声をマイクを通して録音すると、これが、自分が聞く自分の声と全然違うので、愕然としたことはないだろうか。留守電の応答メッセージを入れようとして、録音内容を聞き返すと、「え、これじゃ、留守電応答しても、俺だってわかんないよ。」たぶん、大丈夫。みんなはその声を私の声だと認識している。知らぬは、自分ばかりなりである。

私は化粧はしないし、ひげそりも毎日はしないので、鏡をのぞくという習慣がない。コンタクトをするようになって、かろうじて毎朝、鏡とご対面という習慣が出来たが、目しか見てないので、俺に血眼である。

鏡の世界は左右逆である。多くの人はその世界に慣れている。だから、左右逆であることを意識しないで過ごしている。体育の時間に、先生がみんなに見本を見せるために、一所懸命に左右逆に体操してることに気づかない児童も多いのではないか。

姿見なんて見ないので、自分のプロポーションがいまいちなことも良く分かっていない。たまに出先のトイレなんかに姿見鏡が設置されてて、愕然とする。学校の同窓会なんかで、みんなと集合写真を取ると、自分の頭の大きさに驚く。いや、みんなの顔のちっちゃさに驚く。私が内面的にも頭でっかちな上に、見た目ほど顔広くなくて交遊関係がないのは自覚しているつもりであるが、こんなに違うのかとあきれてしまったりする。


さて、短いネタ一本分くらいの前振りになりましたが、私が今回、自分を客観視してみようと購入したのが、キーエンスのリモートムービングCCDカメラ「ラウンドビューMC−2000」であります。卵みたいな大きさの装置で上下左右180度で首を振って、撮影することができます。出力はビデオ出力。他社製品でテレビの11や12チャンネルで受像できる無線方式のものも並んでたのですが、それでは、私が「トルーマンショー」になってしまうので、有線方式にしました。

一緒に写ってるのは、私の口に入る直前の温泉卵

そのタマゴみたいな形の装置からビデオに繋いで、さらに、それをパソコンの画面に出るようにしました。あら、不思議。画面に私がいる。あんまり見ないとは言え、鏡の世界になれた私は右手を挙げると、相手も右手をあげている世界に多少戸惑うのでありました。

カタログによると、「遠隔操作で動く世界最小カメラ」だそうで、開発時は、フォーミュラーニッポンのレーシングカーの車載カメラとして過酷な条件で機能していたそうな。ほう。鉄道模型を模型のアングルで列車の動きに合わせて撮影する。とか、別室にいるお子様やご老人の保護だとか、ドアやガレージのそばの監視カメラ用途にとか、いろいろ「拡がるイマジネーション。使い方はあなたしだい」だそうな。

監視されつつパソコンに向かう私は、私を見ている。

しかし、なんだね。防犯カメラの売り場に置いてあったのだけど、防犯カメラって、たいがい天井の角に設置されてるわけで、その類似の設置方法で展示されてると、なんでかボーっと客のみなさんは上を向いてるわけで、なんだかアホ面して画面には映ってるわけで、カップルの人達なんかが「ほら、映ってる映ってる。」なんて喜んでるの見て、「ま、カメラやからね、映るわね。」なんて思ってるくせに、自室で仕掛けて、「お、映ってる、映ってる。」なんて一人ご満悦な私にも困ったものである。
なお、ご満悦のためのお値段は5万9800円(税抜き)であった。

---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS------------------------------------
当時の本 『星の王子さま」サン=テグジュペリ作、内藤濯訳(岩波少年文庫,本体640円+税)王子さまの、お星は、ぼくの部屋より広いですか。ぼくんちには、コンロが一台ありますが、たぶん休火山です。火をたまにしか噴きません。ぼくの部屋は地球の上にあるので、一日に44回も夕日を見れません。
当時の世 私が利用している路線の電車が遅れることが多い気がする。でも、私自身が遅れてるような気がするのは、気のせいではない。

飲む私。

当時の私 酔っ払った自分を撮影してみようと、しこたま飲んだが、いまいち酔わないうちに、財布も缶もカラになった。打ち止めかと思いきや、「ピンポーン」とドアホンが鳴る。「宅急便でーす」なにやら、缶ビールの詰め合わせが届いた。サドンデスの延長線が始まった。そして、サドンデスの名の通り、私は酔っ払うことなく、酔いつぶれていた。