[*]Corkscrew

Date: Sun, 12 Dec 1999

いつもいつもビールばかり飲んでるのも体に悪いので、と言っても、酒断ちをするわけでなく、ちょっと目先を替えてみようってことで、お酒も売ってるコンビニでワインを買った。
赤かったから赤ワインってやつだ。たぶん。

実家で食事の時にワインが出てきたなんてことはないのだが、薀蓄垂蔵君である父から、「赤いのは肉料理の時に飲むんだ」と教わった。赤玉ポートワインが関の山だった私のうちでは、ワインは何がうまいのだがわからないただの苦い飲み物だと思っていた。「きっと、大人が飲むとうまいのだ。これは。」

だいたい、おフランスなとこが苦手だ。高校の修学旅行の時だっただろうか、「テーブルマナーを学ぶ」のだかなんだかの企画で、なにやらレストランに拉致軟禁された。ファミレスだって苦手な私にとって、レストランというのは大衆食堂のことであり、ナポリタンとはちと違う炒めスパゲティが出てくるところなのである。あ、スパゲティではイタリアンか。

目の前に折り紙みたいになっているナフキンをどうしたものか、
「ふ、ふ、ふ、なにもしなければ、素ナフキン」
と独り言ちるのは、おさびし山に行かなければならなくなるので控えた。だが、ナフキンと言えばせいぜい、焼き肉屋でする前掛け状なやつか、小学校の給食の時に、自宅から持っていって食器の下に敷いたやつしか知らないので、どうしたらいいのか途方に暮れた。

そして、あろうことか、目の前には無数の(いや、ほんとは数本なんだが)フォークとナイフとスプーンが置いてあった。これを全て使い切るとすれば千手観音みたくならなきゃならんのではないか。私は修行の足らなさを痛感した。

さらに出されてきたものは、皿の大きさのわりには、こじんまりと載っかった食材に、なにやら、遠回しにソースがタラリとされた品々の数々であった。
友達の家で、食事を御馳走になった時、茶碗によそわれたご飯の量が、うちと比べて、はるかに軽めに一杯であるのを発見して、「なんかこう、お上品って」感じと同時に「小ライス」な感じと言えばわかっていただけるだろうか。(分かりにくい喩えだ)

そんなトラウマのために、私はワインが苦手であった。もっとも、当時は未成年であったから、当然、ワインが出されたわけではないのであるが。

「どうやら、ワインと言う奴は、食事の時に、何気に飲むものらしい」と私は推測する。しかし、私には料理の腕はない。「とりあえず、干し肉でも肉料理かしら?」と、手近のコンビニ袋をゴソゴソした。

薀蓄垂蔵の息子である薀蓄垂雄は、キリスト教文化圏で、赤ワインがイエスの血の象徴として扱われることは知っていたし、ワイングラスは下の細い所を持つもので、上の器の部分を持ったりして体温でワインを温めたりしないようにするらしいことは知っていた。が、ワイングラスのような気のきいたものはうちにはなく、先日実家からプーアル茶の葉っぱと共に送られてきた急須と湯飲みの他は、以前、ウイスキーを買った時におまけでもらったDハイのグラスしかない。湯飲みは日本だし、ウイスキーはイギリスかなぁ。ちっともフランスではない。

さて、と、ワインのガラスビンに目をやると、口の所にしっかりシーリングしてある。一般にコンビニで買うペットボトルのシーリングには、剥がしやすいようにミシン目が入っているものだ。ところが、このビンにはそれがない。またしても私は途方に暮れた。そして、さらなる衝撃が私を襲った。

コルク栓である。ワインだから当たり前と言えば当たり前なのだが、コルク栓を開けるには、かのコークスクリューがいるのである。コークスクリューが強力なことは、『リングにかけろ!!』や『あしたのジョー』で知ってるつもりである。だが、今、私が拳をねじ込むようにしてパンチをくらわしても、コルクは開かない。

「く〜、コンビニで買ったのに、なんたるINCONVINIENT!!(不便だ!!)」
と心の叫びのままに、私はコークスクリューを求めて出掛けるのであった。
靴を履きながら「あ、コークスクリューのコークってコルクのことだったんだ」と今更気付く私である。

近所のスーパーに赴いて、調理器具や金物が置いてある棚に向かう。「はたして、コークスクリューは日用品であろうか?」という疑念を払えぬまま棚を眺めると、それはあった。

オーソドックスなT字型の横棒が、にぎり手になっていて、縦棒部分が螺旋の形になっているものの他に、缶切りとプルタブ開けと栓抜きとコルク抜きの機能を持つ一台四役な品物や、なにやら空気入れの子分みたいなもので、ビンの中に空気を送り込んで圧力でコルクを開ける道具などが並んでいて私を迷わせる。先に私を悩ませたシーリングを切るためのカッターがついてる品もある。

そして、どの製品にも「失敗せずに抜けます」「無理なく抜けます」なる売り文句が書かれている。「コルクを抜くというのは、それほど素人には難しいものなのか。」私は戦慄した。

そして私は、貝印株式会社のDG-138 ワインコルク抜き(ウイング)を買ったのであった(購入価格1100円)。

スクリューをねじ込んでいくと、それに連動して横のウイングが徐々に上がってくる。このウイングがYの字で万歳した所で、ウイングを押し下げると、テコの要領でコルク栓が持ち上げられるのである。

「ワインのビンは必ず横にして保存し、コルクに十分湿りけを与えてから抜いてください」
「赤ワインは18度、白ワインは10度が飲みごろ温度です」
とか薀蓄が書かれている。なんだかなぁ。「取手の先端は栓抜きとして使用できます。」なんと、こいつも一台二役であった。が、あいにく栓抜きを必要とするビン飲料は、私の部屋にはない。

「キ、キュ、キキュ」と黒板に爪を立てたようなあまり気色のよくない音とともにねじ込んでゆく。
ウイングを押し下げる。「キュポンッ!!」と小気味よい音と共に、ついに、コルクは抜けた。
私の部屋にワイングラスはない。「コルクで栓をするようなものなんだから、開けたら飲みきらないといかんのだろうなぁ。」「でも、ビンからラッパ飲みで一気飲みってのもなぁ。」と、またしても貧乏くさいことを考える私は側にある飲料水のペットボトルにうつし替えることを思いついた。そうすりゃキャップができるじゃないか。

とそこまで思いついて、ふと、部屋に転がっている、エビアンやボルヴィックはフランス製であることに気付く、私の部屋は密かに仏軍の侵攻を受けていたのであった。

はたして、あの核実験反対不買運動の時は、この水も売上落ちたのだろうか。しかし、私は、六甲のおいしい水や、南アルプスの天然水のペットボトルはつぶしにくいので、かさばるから嫌いだ。エビアンやボルヴィックのボトルは簡単につぶせるのである。

さて、ワインはどうなったのかというと、やはり、「なんか苦いなぁ」と思いつつも、気付いたら750mlくらいあったはずのビンの中身は空になっていた。食事をしながら飲む習慣のない私には、やはりワインは似合わないのだと思う。

---MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS------------------------------------
当時の本 『アルコーリズム 社会的人間の病気』なだいなだ(朝日文庫, 560円+税)東京駅でのぞみに乗る。乗客は自分が名古屋までは降りる自由のない囚われ同然であることに気付かない。アル中のたとえだそうだ。
当時の世 ミレニアム。Jなんとかや、iなんとかみたいないかがわしさを感じる。
当時の私 肩凝りひどし。

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赤玉ポートワイン、Dハイ、南アルプスの天然水サントリーの製品です。
スナフキン、おさびし山は、「ムーミン」に出てくる人名、場所です。
「リングにかけろ!!」は、車田正美の作品です。
「あしたのジョー」は、ちばてつやの作品です。
エビアンはカルピスの製品です。
ボルヴィック三菱商事の製品です。
六甲のおいしい水はハウス食品の製品です。