Smoky room 霧の向こう

お盆の前に、仕事を終えて寮の部屋に帰ると、入口に赤い缶が置いてありました。別に、コーラの差し入れではありません。この時期、いつも、害虫駆除を全部屋一斉にやるのです。たぶん、普段は火災感知センサーが働いてるので、勝手にやったら火災報知機が作動してしまったりするのでしょう。

害虫駆除のこの薬、乳酸菌飲料ならなんでも「ヤクルト」、油性マーカーはとりあえず「マジック」と同じ感じで、おかん的な呼び方をするのならば、「バルサン」です。ま、本当は今回使ったのはフォグロンなんですけど、実家周辺では害虫駆除の燻蒸を行うことを「バルサンする」というサ変動詞で表します。

しかし、今時、燻蒸ってのも言わないかもしれない。ぼくにとっては、読めるけど、書けない熟語です。ワープロを使うことの方が多くなった昨今、この手の「読めるんだけどなぁ。」という単語が増えてる気がします。

日本語には同音異義語が多いので、ワープロで変換させるにしても、「はて?この字で合ってただろうか?」と自信がなくなって、辞書を引きたくなります。例えば、さっきの「くんじょう」にしても、「燻蒸」でなく、「薫蒸」という字が当てられてることもあります。なにか香料が混じってそうな感じをうけます。蚊取り線香なんかにも「香」の字があるから、はずれてるわけでもないのかもしれません。

大学生の頃、中国から来た留学生に、「みなさん、日本語は小さい時から使っているのに、どうして、辞書を引くのですか?」と聞かれて、「ひらがなや、カタカナや、外来語や、漢字にしても音読み訓読み、いろいろあって、日本語は日本人でもむずかしいのですよ。」というような苦しい言い訳をしたような気がします。

辞書を引くたびに、ダニサイズの小さい虫が紙の上をウロウロと歩いてるのを見かけて、単語を調べ終わったのだけど、「今、辞書を閉じたら、こいつ挟まれて、ペシャンコになるな。」と思って、側面に行くまで待ったりして、ま、こちらから一方的にではありますが、友好的におつきあいしていたつもりでした。本を判読不能なほどに食い荒らすわけでなく、ぼくの皮膚を噛むわけでなく、アレルギーの原因になるわけでなく

そいつらもおそらく、今回の処置で殲滅されたのでしょう。ぼくはその日、朝、出勤するときに、「もう忘れ物はないな。」と念入りにチェックして、不退転の決意でフォグロンのスイッチを入れ、霧の吹き出すのを見た上で、部屋をあとにしたのでした。

それにしても、「全滅」と書くより「殲滅」と書いた方が、完膚なきまでにやっつけるという感じがします。「殲滅」も読めるだけの熟語です。

ところで、アリの巣を一網打尽にする薬とか、歯周病菌を殲滅する歯磨きとか、なんとなく野蛮な感じをうけないでもないCMでは、どうして、白人の外国人が使われるのでしょうか?なにか日本の潜在的民族感が漏れているような気がします。

さっき開いた辞書には彼らはもう居ませんでした。
虫がいなくなっても、私の頭の中の辞書の知識は虫食いだらけです。

—MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS————————————
当時の本 『日本語誤用・慣用小辞典』国広哲弥(講談社現代新書, 680円)「おざなり」と「なおざり」はどうちがうか。とか、頭の片隅にひっかかっていた言葉の問題がわかってうれしかった。


当時の世 東北や北陸は梅雨明け宣言なしだそうだ。
当時の私 部屋片づかず。

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