Sleeping dog 眠れぬ夜の視線恐怖

「眠れない夜」と言ったりするが、大概は、「寝付きが悪い」という意味だ。特殊な体質でない人の場合は、徹夜続きもせいぜい3日までらしい。必要とする睡眠時間が決まってるとすると、寝付きが悪いと、寝起きも悪い。

小さい頃、「ぼくは眠る瞬間というものが知りたい。よ~し、眠る瞬間まで起きてるぞ」と決意とともに布団に入っても、いつのまにか眠ってしまい、翌朝を迎え、なんだかくやしい思いをした。

ただ、そういうことをすると、その「いつのまにか」までの間は、いくらか頭が冴えてしまって(単なる意識過剰であろう)、「眠りに落ちる瞬間が知りたいのに、なかなか眠れんではないか。」とアンビバレントな状況になったつもりのご本人であった。

眠るのは、昼間に頭を使ってしまって、オーバーヒートした脳味噌を冷やすためという説がある。だとすると、上のように眠る前に頭を使うと、そのうちリミッターにあたって眠ってしまうのだろうか。ま、そんな屁理屈を考えなくても眠るように体はできている。

2歳になった頃には弟がいたらしいので、それ以降、ぼくの体が大きくなってしまうまでは、川の字にもう一本増やした感じで家族で一部屋に寝ていた。

仰向けになって寝ていると、棚のコケシとか人形がこっちをにらんでる気がする。ちょっと寝る位置を変えて視線を避けようと動くが、部屋のどこにいても、なんだかこちらを見ている気がして怖い。仕方がないので、コケシを回れ右させて、こちらからは後頭部しか見えないようにする。

その横の、じいちゃんとばあちゃんの遺影も、どことなく、こちらをやぶにらみしているように感じる。写真をぱたんと倒してもいいけど、それじゃ窮屈そうで申し訳ないので、右向け右してもらう。写真は平面だから、真横になると、さすがに、向こうもこちらをにらめない。たぶん、見守ってくれてるというのではない。

仰向けになって寝ていると、天井の木目がウニョウニョして、なんだかウルトラマンのオープニングタイトルを見ているみたいな気がする。どうも、木目の目もこちらをにらんでる気がする。

しかたなしに、横向きになると、家族の寝顔が見える。確認する。たぶん、この顔はお父さんとお母さんと弟だ。と見ているうちに、隣で寝ている家族の顔が巨大にふくれたり、元通りになったりする。巨大な時に寝返りをゴロリとうたれたら、下敷きになって大怪我をしてしまうのではないかと怖くなる。

あんまり怖いので(ま、気のせいなのだが)、眠りの中に逃げ込もうとする。しかし、眠ろう、眠ろうと意識すれば、なかなか眠れない。せっかく眠っても怖い夢を見て起きてしまったりする。顔や背中に嫌な汗をかいている。

横を見ると家族の顔、もう膨張収縮はしてないようだ。確認する。たぶん、この顔はお父さんとお母さんと弟だ。いや、待て、ひょっとすると、ぼくが眠っている間に、すり替わっていて、ここにいる人は、ぼくの家族にそっくりな他人、もしくは人の形のロボットなのではないかと思い始める。

ぼくの眠っている間に、世の中が平気で動いていることに気付き、気が遠くなる。もしや、ぼくも眠っている間に入れ替わってるのでは?と心配になって、眠らずに徹夜してみる。しかし、昼間に眠くなって、眠ってしまい、朝のぼくと夕方のぼくは入れ替わっているかもしれない。という疑いは決して晴れることがないのであった。

—MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS————————————
当時の本 『絶対安全剃刀』高野文子(白泉社, 1000円)出たのはずいぶん前のマンガだけど、最近、なんとなく買った。なんか雰囲気なじんだ。


当時の世 サッカーワールドカップがはじまったらしい。
当時の私 目の前の人が口を動かしてる。何か音声を出している。たぶん日本語だ。でもなんだかわからない。ということが時々、ちょっと離人症。

 

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