Self-portrait as Monna Lisa モナ・リザとしての私

いつもより余計に東急田園都市線に乗ってゆく。溝の口では下りないし、二子玉川でも渋谷でも下りない。九段下で東西線に乗り換えて、木場で下りた。いや、地下鉄だから上がったという方が正しい気もする。それくらい、ひたすらエスカレ-タやら階段やらで上る。

エスカレ-タの上で彼氏「木場って、材木なんかを水に浮かべて置いておくところだったから木場っていうんだよ」彼女「へぇ、そうなんだぁ。」てな感じの彼氏のウンチクが続いたのであるが、その内容はどうでもいい。

地上に出る。なんだか、この木場の辺りってのは、時代がモザイク状に混合している感じだ。高速やビルが現在や近未来を感じさせるかと思えば、木造の家や、運河や公園が少し前の時代を感じさせる。なかなか、いい味のある町だ。なんとなく、路上観察向きな気がする。

それはさておき、目指すは東京都現代美術館である。おおよそ、美術館というのは、自分が場違いな気がして落ちつかない。入場券を買う時に「ごゆっくりご鑑賞下さい」と言われても、つい足の運びが早くなるのだが、今、ここでは『森村泰昌[空装美術館]』というのが開催されているのである。

光るセルフポートレイト(女優)/赤いマリリン MORIMURA Yasumasa, 1996

森村泰昌といえば、美術史の中で有名な作品の中に入り込んだり、女優の扮装をしたりした作品で知られている。以前に横浜美術館で「美に至る病」というタイトルで「女優になった私」シリーズの作品展をやった時は、ポスターが森村扮する全裸のマリリン・モンローがフェイクのおっぱいを胸につけて(ん?ってことは半裸か?)、赤いシーツの上で体をくの字に曲げてしなを作っている「赤いマリリン」だったので、美術館の近くの小学校の父母から「子供に悪影響がある」と抗議があったのだそうだ。

けっこう、女優な雰囲気が出てたりするし、女優が男装している姿を真似る森村の作品なんかは性別の転換が二重になってたりして不思議な感じだ。宝塚歌劇の男役とも近いような気もする。ご本人はキレイな格好をしたかったからということらしいので、近頃話題の環境ホルモンによる影響とは関係なかろう。同じく近頃話題のSHAZNAのIZAM君、少し前ならピーターや美輪明宏にはいくらか近いかも?いや、遠いか?

この頃、髪の伸びてる私は、こないだ実家方面に行った時、後輩に「カラオケでシャズナ歌ってくださいよ」と言われたが、残念ながら私は赤くてサラサラのストレートヘアは持ち合わせてなく、どちらかというと、クルクルのボサボサなので、「世界の果て~まで~愛を求~めて~る~」と言うよりも「あ~あ~果てしない~夢を追い~続け~ぇぇぇ」である。よって、丁重にお断りであろう。

毎度のごとく話がそれている。

前に新宿の三越だったかでも篠山紀信やアラーキーや、長島有里枝、田原桂一、植田正治の作品と共に『SHASIN展』と銘打って展覧会をしていたが、その時も、美術館と並んで百貨店も苦手な場所の一つである私は、足早に鑑賞したのであった。ということで、森村作品展に赴くのは今回で都合3度目の私である。

今回は、ゴッホの自画像やひまわりになってみたり、セザンヌの静物画の果物になってみたり、レンブラントの絵に入り込んで、自分で自分を解剖していたり、写楽の浮世絵になってたり、代表作である「はじまりとしてのモナ・リザ」など「絵画になった私」シリーズが中心であった。

写真をカンバス加工したり、透明な塗料を重ね塗りして絵画っぽくしてみたりして作品が作られている。小さい写真でなら、本や雑誌で見たことのある作品であるが、目の前で大判で見ると、それはそれで趣が違う気もする。が、別に私には美術評論の才能はないので、単に面白がって見てるだけである。

で、締めは「モリクラマシーン」である。出口にプリクラがあるのは、以前に人体の標本を見に行った時のことが思い起こされる。これが日曜だったせいか結構並んで待つのであった。今時の若者はジベタリアンが多いので、なんだか、遠足前に校庭にならんで注意を聞く小学生のようである。

モリクラマシーンとはモリムラ作品を簡易的に作成するプリクラである。要は有名な肖像の顔の所だけが抜けたフレームが用意されたプリクラである。この文明の利器が出る前は、観光地などの首だし看板などのローテクがあった。森村作品はそれをもっと大仕掛けに、芸術的にやっているのである。私も以前に恐れ多くもパタリロ8世殿下をネタにやってみたことがある。

私はここで、「モナ・リザになった私」を撮った。私の顔はでかいので、納まりが悪い。なんだか、妖怪人間ベラの成り損ないになった。本物のモナ・リザっぽくしようと思ったら、展示の中でのビデオで森村がやっていたように、眉毛を剃って、まぶたにシャドーを入れる必要があるのだが、私がやると、ロンゲだけどチーマーじゃなくてヤンキー、あるいは、やはりロンゲのかつらをかぶった妖怪人間ベムになってしまいそうである。

「モナ・リザ」を描いたのはダ・ヴィンチである。実はモデルはレオナルド本人であるという説もある。セルフポートレートである。「はじまりとしてのモナ・リザ」を作ったのは森村泰昌である。モデルは本人。元の構図は「モナ・リザ」である。モリクラマシーンのフレームは「はじまりとしてのモナ・リザ」である。フレームの中身は私である。パクリというか、コラージュというか、芸術家とのコラボレーションというのか。「私」というものが作者であり、対象でもあるこれらの一連の作品はとても不思議な「私」感がする。

モナ・リザになった私 2
あるいは
ロン毛になったベム

帰りの電車は森村の『芸術家Mのできるまで』を読んで過ごそうと、本展覧会のカタログと一緒に本を購入して、帰路についた。プリクラに不慣れな私は、シールの出来に不満であったが、「混雑しているため、お一人様一枚」という貼り紙を見て退散したので、あとで、デジカメとレタッチソフトでリトライしたのであった。

今回の展覧会は6/7までです。

—MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS————————————
当時の本 『困った人体』赤瀬川原平(マガジンハウス, 1400円)この頃は老人力がついてきて、忘却力も強力になりつつある赤瀬川さんが思い出話も交えながら体のトホホを語ってくれます。
当時の世 インド核実験
当時の私 梁をリブというのが、スペアリブを通して肋骨につながり、バラ肉というのはアバラの肉だったのだと、いまさらのように気付いて、少し幸せ。

 

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