Walls have ears 障子にMary

今は寮に住んでいる。3年いられるらしいから、あと1年はいてもいいはずだ。六畳の部屋は設計時は二人部屋の予定だったらしいので、洋服ダンスと下駄箱はぼくの手に余る。初めて部屋に入った時、「みなさん、そんなによおけ服や靴を持ってんのか?」と思ったものである。ちなみに「よおけ」というのは関西弁で「たくさん」という意味である。同義語に「ぎょうさん」というのもある。

3階建ての中に同じようなレイアウトでならぶドアの列を見ていると、なにかの資料集でみた養鶏場のケージの列が想起されて目眩がした。3階建てだからまだ、地上階、真ん中、一番上で識別できるけど、十数階建てのマンションなんかだったらちゃんと帰れるか不安になりはしないだろうか?昔、店の配達の手伝いをしていて、高層マンションの得意先なんかに行くのに、「○階の某さんに、市乳とコーヒーを一本ずつ」という指示を受けて上がっていくのであるが、時折、自分がいる階が本当にその階なのか不安になったことがあった。

落ち着いて観察すると、自転車やプランターや、瓶ビールの箱があったりして、同じようなレイアウトでも個性があったりする。その点では、今の寮に並ぶ玄関は視覚的にはかなり無個性である。

視覚的に個性がなくても、聴覚的にはどうか?

ぼくの実家はいわゆる長屋なので、隣の音が結構聞こえていてもおかしくないはずなのだが、両隣の日常会話はおとなしかったのか、あまり話し声を聞いた記憶がない。隣の印刷屋さんなんかは、この時期は年賀状の印刷で大忙しで印刷機の稼動する音が遅くまで響いている。反対の隣に拝み屋さんがいた頃は、「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経 」という題目は聞こえたけど、普通の話声はあまり聞こえなかった。拝み屋さんのおばちゃんはお客さんの業を払いつづけてその転移でご自分が病にかかってなくなったと聞いた。

かく言ううちだって、業務用のでかい冷蔵庫のコンプレッサーの動作音はやかましいし、夜明け前から牛乳瓶のガチガチ音と軽トラのエギゾーストノートを響かせていたのである。「仕事なんやから、おたがい様やん」と言ってたが…

話は今の住まいに戻るのだが、独り住まいしかいないのだから、一家団欒の声が漏れ聞こえてくるわけもなく、時折、大声で電話している人もいるけど、耳障りなほどではない。テレビの音も聞こえることはあるけど、内容が分かるほどには聞こえない。ほとんどホワイトノイズだ。

テレビの音は聞こえないけど、それを見ているのであろう人の声は聞こえる。「ウッ!」「アッ!」「ヤバイッ!!」と言う声はゲームでもやっているのだろう。「よっしゃー」「いけ!そこっ!!」何かスポ-ツ観戦でもしてるのだろう。こないだのサッカーの時は、夜中に歓声が上がっていた。何かバラエティー番組でも見てるのか、けたたましい笑い声が響くこともある。「ここは笑うところだから笑わなければ」という強迫概念に捕らわれているかのように聞こえてこわい時もある。

ドアを閉める時、叩きつけるようにする癖のある人が出掛ける時は「ズズーン」と地響きがするようだ。いつも靴を履く時、爪先で床を三回蹴る人が出掛ける時は、「コンコンコン」と音がする。毎朝6時45分に出掛ける人がシリンダー錠を回す音がする。ぼくはしばしばこの音を目覚ましがわりにしている。

朝、目覚まし時計のボタンを押し忘れた人の部屋の時計が夕方にけたたましく鳴る。こんな人は24時制の時計を使うべきだと思う。土日には、洗濯機と掃除機の音が誇らしげだ。晴れた日には干した布団をたたく音がする。でも、「干した布団は叩かなければならないのだ」という強迫的な叩き方をする人もいたりする。日頃のストレスを週末に布団に八つ当たりしてるんじゃないかと思う。

夜になると、1階にある共同の風呂場からシャワーの音が響く。洗面器の水を切るのにかならず洗面台の角に洗面器を打ちつける人がいて、コーン、コーンと音がする。ぶつけるよりも普通に振る方が水が切れるんじゃなかろうか。

夜中に寝つけなくて、寝薬、寝薬と独りごちりながら、寮の中の自販機に向かう。11時を過ぎたら、外の自販機は止まってるし、酒も売ってるコンビニは遠い。お金を入れる。ボタンを押す。
「ガーガガ、ドンガラガシャーン、ドスン」物凄い騒音と共に缶ビールが落ちてくる。「あのさぁ、夜中なんだからさぁ。もうちょっとね。気を使ってさぁ」

夜半の騒音の犯人であることを隠したいかのように、今買ったビールを抱えて階段を抜き足差し足かつ駆け足で上がるぼく。
そーっとドアを開け閉めして部屋に入る。
缶を開ける。「プシッ!!!」
「しーっ。静かに。夜半の騒音の犯人だとばれちゃうじゃないか」

—MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS————————————
当時の本 『つぶやき心理学』つぶやきシロー(実業之日本社, 800円)あのね。


当時の世 晴れた日の空は異様に青く、ぼくは異様にさわやかな好青年に出会った時のような胡散臭さを感じてこわくなる。
当時の私 スピーカーのボリュームをでかくしてCDを聞いてると、レーザーの出力が上がってCDがピシッと割れてしまうんじゃないかと心配になって、ボリュームをしぼり、ついにはヘッドホンを接続して聞いてしまったりする。

 

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