Hello! Are you there? もしもし、もしも~し

携帯電話の普及が著しい。毎日の通勤でも電話をしている人に出会わない日など、めったにない。それぐらい、みんな電話している。携帯電話が普及する前は、一体この人たちは、何を思いながら通勤していたのだろうと不思議に思うが、残念ながらぼくは他人の思考をなぞるような能力は持ち合わせていない。

こないだ新聞に出ていた野村総研の調査結果によると、携帯やPHSの使用率は36%で、そのうち20代前半の男性の使用率は67%になるそうだ。これほど多くなると、そりゃ、毎日、携帯話中の人に出会うなという方が無茶であろう。

親しい友達同士の連絡などに使われることが多いらしいので、話し中の人々はにこやかな顔をしている人が多い。時折、口げんか中で、口をとんがらして、睨むような目つきでいる方もいらっしゃるが、ぼくを睨むのは筋違いというものだ。どうせならにこやかな方がいい。

脳味噌ダイレクトではないけれど、ケータイやピッチを経由して電波を受けるのだから、端で見てると分裂病類似の症状に見えなくもないが、ここまで普及してしまうと、傍観者側も慣れてしまったりする。それにしても、町の中が、自分の部屋と化す現象は、電話に限らず多く見られる。

これほどのケータイやピッチの爆発的普及ではあるが、現象はここ1、2年のことのように思われる。ぼくが就職してこっちに来た当初は、まだいきなりケータイで話しはじめる人より、ベルをのぞきこむ人の方をよく見かけた気がする。

駅の公衆電話なんかではマッハの速度のキータッチでベルを打つ女の子の姿を幾度となく見た。あの指さばきはスーパーのレジ打ちに生かせないものかと想像してみたが、あいにく近頃のスーパーはバーコードリーダーを導入しているので、キーを打つ機会は極めてすくない。

そういえば、こないだポケベルの早押しに着目したゲームをセガが開発したという記事を読んだ。だとすると、まだポケベル文化は衰退していないのだろうか。耳と声で応答しなければいけないケータイに比べると、隠密行動にはポケベルの方が適しているかもしれない。

PHSの技術を応用して、迷子や徘徊老人や盗難車の位置を探知するようなシステムも実用段階にあるという。表向きプライバシーの侵害になるので、全ての人が追跡されるわけではなかろうが、電話番号という個人IDを振られ、理論上、全ての人の動きを捕捉することができるなんて、まるでサイバーパンクのSFのようである。こんどの長野五輪の係員には試験的に腕時計型のPHSも導入されると聞く。ウルトラ警備隊も近い。

実家が店をやっている都合上、小さい時から店番なんかしていて、業務用の電話を受ける経験はけっこうあるぼくである。しかし、個人の電話を受けた経験はあまりない。おそらく数えられるくらいしかないと思うのだが、あいにく記憶が定かではないので数えることはできない。

そんな程度なので、別に電話がなくてもほとんど困らないのだけれど、ぼくの部屋にも電話はある。時折、実家の家族から電話がかかってくる。「もしもし、元気か。別に用事ないねんけど、声聞きとなってん。どうや、仕事いそがしいんか。そっちの天気はどうや。体に気いつけよ。」というルーチンだけの何のトピックも芸もないマンネリな会話をこなす。

 俺時々僕ところにより私
俺時々僕ところにより私
http://muccitexi.com/1997/02/17/are-you-busy/
I, My, Me

ぼくがあってもいいかなと思う技術は留守電までである。ケータイなんかは相手がどういう状況か分からないから出たら出たで恐縮する。ケータイを持ち歩いてまで連絡を取るような人は、忙しくて時間がない人に違いないと思うから。留守電ならとりあえず、そのうち聞いてくれりゃいいと気が楽である。

ぼくは普段、めったに電話を使わない。二股に分けた電話線の片方でパソ通に使う方が多いくらいだから、ぼくの電話は「もしもし」よりも「ピーガー」の方が聞き慣れていることだろう。

仕事を終えて、部屋に帰る。電気を点ける前に暗い部屋の隅を見ると、留守電のランプがめずらしく点滅している。電気を点けて、[留守/応答]ボタンを押して留守電を解除する。電話機の上に積もった埃が指の形に払われる。そういえば、久しくこのボタンを押していない。隣の[再生]ボタンを押す。電話機の上に残る指形。

「10件です。」電子音声が応える。めずらしいこともあるもんだ。

「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時20分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時22分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時24分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時29分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時32分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時34分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時45分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時47分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時50分です。」
「ピーガーガガガー… プープー 某月某日 10時52分です。」

間違い電話のFAXのリダイヤルの嵐に迎えられてその日を終える。
「そう来ますか。まぁ、枯れ木も山のにぎわいと申しますしね。」
このことわざが適切かどうかは定かではないが、ネタになったので良しとした。

「もしもし、今、何してる? ぼくはなんだか生きてるよ。」

—MURAKAMI-TAKESHI-IN-THOSE-DAYS————————————
当時の本 『ラブ&ポップ』村上龍(幻冬舎文庫, 495円)裕美を魅了したインペリアル・トパーズを売っていたココ山岡は今はない。『エヴァ』の庵野監督の手による映画が正月公開である。

 俺時々僕ところにより私
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I, My, Me

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I, My, Me

当時の世 大掃除して汚かったら退寮という脅し文句が寮の掲示板に貼られてる。
当時の私 週末掃除しようかと思ったが、掃除道具を買って、ついでに買った本を読んでるうちに土日が終わった。

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